見出し画像

車椅子利用者の生活空間と座位姿勢の本当の価値

前回の記事では、障害者、特に車椅子ユーザーの日々の生活において、解決されなくてはならない課題が山積みであるというお話をしました。

<医学モデル><社会モデル>という2つの視点から、車椅子ユーザーが日々直面している課題を大まかに分類してみると、様々な立場/レイヤーから一つひとつの課題に対し個別にアプローチする方法はいくつか考えられます。

しかし同時に複数の課題がありすぎるが故に、そのような個別のアプローチをバラバラに行うだけでは、この大きな課題の根本的な解決に至るのは非常に難しいのではないかということがわかってきました。

そこでそれらの課題をより細かく再整理しグルーピングしすることにしました。

「様々な課題」をグルーピングして整理する

<運動機能から生じる課題>
・立位、歩行困難
・起き上がる動作ができない
・巧緻動作(こうちどうさ:指の細かい動き)ができない
・座位のバランスが取りづらい
・筋肉量の減少
・関節が硬くなる
・運動量の減少
・代謝の低下
<感覚機能から生じる課題
・感覚麻痺
・怪我に気づきづらい
<内蔵、自立神経系から生じる課題
・起立性低血圧
・体温機能障害
・自律神経過反射
・排尿・排便障害
・性機能障害
<ハードから生じる課題
・道や建物の段差が多い
・着やすい服・靴が少ない(自分でも改良する)、好みのデザインを選べない
・バリアフリーのトイレが少ない
・バリアフリーの賃貸が少ない
<制度から生じる課題
・医療機関でのリハビリに制限がある
・ヘルパーのスケジュールが合わせづらい
・補装具を申請してから使用開始まで時間がかかる
・使いづらいタクシーチケット
<コミュニティー/ソフトから生じる課題>
・柔軟な働き方ができない(通勤時間の指定やトイレ休憩など)
・周囲からの偏見・理解のなさ
・電車の駅員のサポートに時間がかかる
・スポーツや舞台のチケットを取るのに、みんなと同じネットやアプリではなくわざわざ電話をしないといけない(場所によっては障害者手帳をFAXで送るように求められることも)

などが挙げられます。実際は原因が複数のカテゴリーにわたって影響しているものもありますが、ここではメインに分類されるカテゴリーにのみ記載してみました。

画像1

グルーピングから得た気づき「車椅子利用者の生活空間」

先程のグルーピングのように整理すると、「車椅子利用者の空間」をどの目線で捉えるかがキーポイントであることに気づきました。

車椅子利用者にとっての「空間」は、次のような順序で整理することができます。

身体(臓器から運動器)
 ↓
車椅子などの補装具
 ↓
取り囲むハード面の環境
 ↓
制度
 ↓
コミュニティー

「身体的に麻痺がある人」を実世界とつなぐのが「補装具」であり、ハード面の「環境」と「コミュニティー」を繋ぐのが「制度」です。

ここで重要なのは、一見身体とはかけ離れているように思われるハードやコミュニティー、制度を関連付けて考えることです。言い換えると、車椅子利用者にとって車椅子は身体とそれ以外の環境をつなぐ架け橋であり、「一つの生活空間」として捉えられるのです。

そしてここに、私たちがこれまで行なってきた事業やそこから得られた知見にテクノロジーの力を加えることによって、これまで以上により多くの人にとって有益で、より大きな課題解決(社会面、制度面、身体面ともに)につなげるソリューションが見出せるのではないか?と考えました。

今回の記事では、その中でも身体的な面にフォーカスしてお伝えします。

長時間の座位姿勢と健康的リスク

多くの課題の根底に共通する項目のひとつに「毎日座った姿勢で長時間過ごすことによって生じる様々な身体の問題」があります。褥瘡(じょくそう)のように深刻なものから、日常的なものでは慢性的な腰痛、肩こりなどの症状も。

健常者も長時間座り続けていると身体のあちこちが痛くなるので、時々ストレッチや軽い運動が必要ですよね。テレワークで身体を動かす機会が減り、長時間座ったままでいることが多くなったことによって、腰痛や肩こりを訴える人が増えたというデータもあります。

画像3

参考:テレワークによる体の不調「テレワーク不調」に関する調査(第一三共ヘルスケア株式会社)

健常者のデータですら長時間の座位は身体への不調につながることが明らかであるのに、基本的に座位で過ごさなければいけない車椅子利用者となるとその影響がさらに大きいことは容易に想像がつきます。

また車椅子生活が長くなると、身体麻痺や筋力低下によって徐々に姿勢の歪みが起こる事があります。姿勢の歪みには背中が丸くなる「円背(えんぱい)」、腰が反ってしまう「反り腰」、そして「骨盤の歪み」などがあります。このような姿勢の歪みを放置していると、さらに可動域の低下や骨の変形が起こり、修正する事もなかなか難しくなってしまいます。

ひとつの予防が、次の不調の予防になる

しかし、これらの長時間の座位によって起こる身体の問題は、車椅子生活を続けながらも解決できる課題です。これまで私たちが車椅子ユーザーの方々にパーソナルトレーニングを行なってきた中で、無意識に行っている癖づいた動作を意識的に変えていくことによって、確実に症状が改善していく例を数多くみてきました。

座った姿勢で硬くなりやすい「腸腰筋」など股関節周りのストレッチを習慣づけることで、反り腰や出っ尻の姿勢になるのを予防します。いい姿勢で座る状態を維持できるようになれば、左右の筋バランスも整い、一箇所に圧が集中して褥瘡ができてしまうリスクも減少します。

また、ストレッチに加え、背筋や体幹の筋肉を鍛えることで車椅子上で綺麗な姿勢を保てるだけでなく、日常生活で両手を使う動作(お箸とお皿を持つ、洗顔や洗髪など)が安定して行いやすくなります。

体幹の力が弱いと、両手を上や前に伸ばしたときにバランスを崩してしまいます。体幹が弱く身体が前方に倒れやすい方は、車椅子上で骨盤や背中が丸まった姿勢(ズッコケタ姿勢)で座っていることが多く、実はこの背中が丸まった姿勢が肩こりや腰痛の大きな原因の一つになります。

もちろん障害による麻痺のためにそのような姿勢になっている場合もありますが、実は本来使える機能があるのにもかかわらず、それらがうまく使えていないというケースが非常に多いです。

このように、関節の硬さや筋力の低下によって姿勢やバランスが崩れ、その結果慢性的な肩こりや腰痛が起こり、痛みなどの症状を避けようとさらに姿勢や身体の動きに偏りが生じる・・・といったように、ひとつのコンディションの悪化がそのほかの様々な不調の呼び水となってしまい、悪循環にはまってしまうケースもあります。

逆にいえば、ストレッチやエクササイズなど適切なケアを日頃から意識的に行うことによって、あらゆる不調につながる"一つの問題"が深刻になる前に予防していくことができます。

・「車椅子生活だから仕方ない」と思っていた肩こり
・運動機能の麻痺だから「あって当然」と思っていた姿勢の崩れ
・感覚麻痺のため、気づくことができない小さな傷からの褥瘡リスク
・これらを改善していくことで、車椅子駆動の効率化や段差超えに対する安定感の向上


障害者で麻痺があったとしても、車椅子利用者であったとしても、健常者の場合と同じように対策することができるということを、日々のリハビリ・トレーニングの事業を通じて痛感してきました。

言い換えると、「最適なシーティングの効果は絶大である」ということです。そこから得れる身体的なメリットは、多くの人が想像する以上に大きいものとなるでしょう。

画像4

身体のコンディションがいい状態を維持できると、その人の社会生活へもいい影響を及ぼします。急な体調不良への不安が、少し軽減する。自分ひとりでできることが増え、自信がつく。体力がつき、外出など行動への意欲につながる。集中力が上がり、仕事などのパフォーマンスが向上する。ぐっすり眠れるようになり疲れが取れやすくなる、など。

このようなポジティブな変化を、私たちがパーソナルトレーニングで訪問できる数十人〜数百人の規模ではなく、何十万人、何百万人の人たちが体感できるようにするために、私たちはシーティングデバイス「ノルミル」の開発に着手しました。

画像3

現在、再生医療やロボットスーツの開発など、失った機能を回復させるために世界中で様々な研究が行われていてきています。実際にこれらが実用化し、日常生活で利用されるようになれば障害者の生活も大きく変わることでしょう。

ただ私たちはこれまで行なってきた事業やクライアントの皆様との関わりの経験から、上記のような最先端の研究の成果が出るのを待たなくとも、ユーザーの日常の生活の悩みや困りごとも解決できるアプローチがあるのではないかと考えました。

この発想に至るまでには、いままでの制度や常識から一度離れ、これまで行ってきた課題を一つ一つ見つめ直すことがとても重要でした。

このような思いから現在開発をすすめている「ノルミル」については、今後の記事で詳しくご紹介していきます。

___

UTCでは、私たちのビジョンに共感し、力を貸してくれる仲間を募集しています。少しでもUTCの取り組みが気になった方、まずは話を聞いてみたい!という方は、以下のリンクのページ下にあるボタンから「カジュアル面談」にエントリーができます。ぜひ、お気軽にお問い合わせください。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?