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わたしは言語を手に入れた

私が英語を学んだのは、英語が好きだったからでも、英語が話せるようになりたかったからでもなかった。
ロンドンで暮らしていくためには、英語ができなければならなかったし、私がその国でやりたいことをやるためには、英語は不可欠だった。
イギリスで、英語を喋れない人間は、限りなく弱者だった。

語学学校に通っても、少し話せるようになっても、まあさっぱり分からなくて、習得には時間がかかった。
渡英前に申し込んでいた週5日の語学学校だけでは不充分で、私は滞在中、ただただスピーキングを徹底的にやる語学学校にも、週3日、1か月くらい通った。
その学校には、自分で受付に行きコースを選び申し込んだ。
受付に座っていた女性が、今日の午後はずっと眠いから早く帰りたいと言うのに笑ったりして、カード支払いを選択して、希望するコースを英語で伝えた。
今思えば、そこそこ話せていたのかもしれないけれど、私がやりたいことには十分ではなく、焦っていたのだと思う。
このままでは、何もしないまま帰国日を迎えてしまう、と。

スピーキングに特化したその学校は、先生が2回、英語で(しかもけっこうなスピードで)質問を言い、学生は1回目で英語を聞き、2回目で英語の内容を理解する。そして、まず1回声に出して答え(英語で)、2回目はその英語の意味や文法を理解しながらもう一度答える、という内容だった。
スピーキングをひたすら繰り返すその授業の中で、発音や文法も徹底的になおされる。
私はここでも、1番下のクラスからのスタートで、例によって会話よりアイコンタクトが重要なクラスメイトに混ざって、初日を迎えた。

結論を言えば、わたしの英語は上達した。
その学校で、ただただ英語を聞き話したことがよかったのかもしれないし、そのあたりの時期から、聴く音楽も日本人同士のメッセージのやりとりも、日本語から離れ全て英語にしたのも良かったのかもしれない。
夏が終わり親しい友人達がどんどん帰国して、英語を一層話せるようにならなければという気持ちが、英語の勉強を加速させたのかもしれない。

英語は上達したけれど、初めからその学校に通えばよかったとは、今も思っていない。
スピーキングに特化した、とことん英語を話す学校。
働かなければいけない、進学を控えている、英語ができなければ生活していけない、そういう切実な理由で、みんな英語を口にしていた。私も同じ切実な理由だったから、その時の私にはぴったりだったわけだけど。
その代わり、自分の国についてや今考えていることを話すことも、他の国のことを知ることも、違う国籍のクラスメイトと自分の違いにハッとすることも、なかった。
嫌な思いをすることもなかった。
英語を学ぶための、割り切った時間というか何というか。
気持ちが伝わらないもどかしさも、相手の国の文化を英語の会話から感じることも、下手な英語を話して、意地悪なベネズエラ人に笑われることもなかった。
英語を口にして、発音に気をつけ文法や適切な意味を考えているうちに、50分はあっという間に過ぎた。

私はロンドンで暮らし、英語を共通語とする友人と暮らし、語学学校に通い、英語を習得したのかもしれない。
でもその過程で、英語ではない何かを習得した気がしている、ずっと。
少なくとも、私は日本語をより深く知った。英語以上に。
英語の背景にある文化と、日本語の背景にある文化に、初めて目を向け考えた。
違う国籍の友人と自分の間にある違いや、同じもの、通じるものを知った。
大人数で遊ぶ約束に来なかった友人に理由を問いただし、「ちゃんとした理由がある」と真面目な顔で言われ、深刻なトーンで「気持ちが変わったんだ」と言われる。それを聞き、「じゃあ仕方がないな」と言う人がいる、それもけっこういるなんて、それまで知らなかった。
世界には色んな国があって、食べ物や場所があって、考え方があって、宗教があって歴史があって、良い悪いも、全く反対になることがあると、知った。
得たのは、母国語以外の言語だけではなかったように思うのだ。

違う国や文化を知り、それとは違う、または似ているところがある自分の国を、また知った。
渡英するまで、私は日本に振り向きもしなかった、とある時思った。
帰国後、わたしはアジアや日本を旅行した。友人達が生まれた国や、好きだと言った場所を見てみたかったし、彼らが美味しい懐かしいと言っていた食べ物を、食べてみたかった。(日本も含めて)
私がイギリスで得たものは何だったのだろう。
イギリスで暮らし、私の口から出てくるようになったのは、英語だけではなくて、少し丁寧になった日本語と、少し視野が広がり始めた私自身の言葉。
言語を通して、私が見た世界。
日本と、日本以外と、私と、私以外。
それは、私の人生を一層鮮やかに、色濃くした。
それは、時に私を孤独にするけれど、これでいい。
この鮮やかさを私はとても好きだし、もっと見てみたい、と思うことが大好きで、それを、いいね、と言ってくれる人達がいるから。
ずっと、この鮮やかさが続けばいいなと思っているし、そうできる私でいたいなと思う。

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