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イフェイオン 物悲しい星の花 [その1]

『イフェイオン』
分類:ヒガンバナ科 ハナニラ属
花言葉:悲しい別れ、恨み、愛しい人、星に願いを 





「パンっ」

少年は白球を投げていた。
父に買ってもらった黒いグローブを左手にはめ、
夢中で投げる。

特にこれといった理由はない。
父と息子であれば大体の家庭で行われる光景だろう。

父は転勤が多く、生まれた土地とは違う静岡の公園で、毎日のようにキャッチボールをしていた。
静岡という土地柄、幼稚園の自己紹介ノートには、

「プロサッカー選手になる!」

なんてことも書いていたが、
少年はひたすら白球を投げていた。

幼稚園から小学2年生までを過ごし、
しばらくして、神奈川へ引っ越しが決まった。

少年には歳の離れた兄や姉がいた。
それもあってか、家には漫画が溢れかえっている。
当時流行っていたテニス漫画にどハマりした少年は、

「テニスの王子様になりたい。」

それを聞いた両親は少年を、
テニススクールの体験会へ連れて行くことにした。
しかし、テニススクールがもう目前というところで、

「やっぱり帰る。」

なんて勝手な子供なんだろう。
漫画の中のリョーマも「まだまだだね。」と
ラケットを突き立てている。

そんなワガママな少年が行き着いたのは野球だった。
世の中の、父と息子が行うであろう恒例行事。
キャッチボールのあの時間が忘れられなかったのだ。
そう、これは必然だった。



始まりの必然

少年は、父との何気なしにやっていたキャッチボールのおかげか、コントロールが良かった。
自然とピッチャーに憧れを抱いていた。

目指すは「MAJOR」の茂野吾郎といったところだろうか。
投げること以外には、あまり興味を示さなかった。

しかし、小学3年生で野球を始めた少年は
小学4年生のバッターボックスで、
初めて、痛烈な「敗北」を味わうことになる。

小学5年生以下の大会。最終回の打席。
仲間の8番打者が2アウトからヒットで出塁し、
少年に全てが託された。
期待の視線を浴びながら、バッターボックスに立つ。

「俺が打たなきゃ負ける。」

小学生ながらに、いま自分の打席に勝利がかかっていることはわかっていた。
浅くなる呼吸の中、なんとか酸素を取り込みながら相手の投手を見つめ、打席に立った。

結果は三振。
内角のボールを打ちにいった少年のバットは空を切り、試合は終わった。
それもそのはず。投げることにしか興味がなかった
少年はろくにバットを振っていなかった。

「俺のせいで負けたんだ。」

惨めで、つらくて、そんな自分が許せなくて、
少年は"自分を変えたい"と強く想った。

その日から少年は、夜になるとバットを握りしめ
素振りをするようになった。

"毎日100回素振りをする"

どんなにめんどくさい日でも、あの時の悔しさが少年を突き動かした。



春の訪れ

羽織っていたジャンパーが暑くなり、
登下校中の道は薄桃色のバーゲンセールである。

少年は小学5年生になり、もともと大きかったカラダはさらに大きさを増した。

いよいよ、始まる。
春季大会だ。

痛烈な「敗北」を経験してから冬を越え、
久しぶりの公式戦。
どんな試合になるのだろう?
期待感と緊張感はその大きなカラダさえも飲み込んでしまうようだった。
そして、スターティングメンバーが発表された。

「9番、ピッチャー。」

それが少年に与えられた役割である。
スターティングメンバー発表と同時に吹いた春風に背中を押された気がした。

試合が始まった。
少年は相手打者を抑えこみ、両者譲らない戦いをしていた。

スコアボードがなかなか動かない。
一体、誰がこの状況を変えるんだ?

「この状況を俺が変えるんだ。」

白線で囲われたバッターボックスに足を踏み入れ、
相手の投手を見つめた。
チームメイトは誰も知らない。
少年だけが以前とは違うことを知っていた。

それは一瞬の出来事だった。

相手投手の指から放たれたボールをただただ夢中でフルスイングした少年だけが、事態を飲み込めない。

それもそのはず。
今まで経験したことのないことが起こったのだ。
打ち返した白球は空を切り、フェンスを優に超えていた。

ホームランだ!

初めての感覚。戸惑いながらも、グラウンドに散らばるダイヤモンドを一つ一つ踏みしめた。
その日、「9番、ピッチャー」は「4番、ピッチャー」になった。

春の訪れだった。


>>>その2へ続く


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