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詩集 あいうえお

34
タイトルあいうえお順に詩を作っていきます。
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記事一覧

柔らかい夜

月から夜を覗く

ほんとうに柔らかい夜は

眠りの外にあって

だれも覚えていない

木綿豆腐

豆腐を手でつぶす

こんな姿になっても

豆腐は豆腐で

豆腐ハンバーグは

ちゃんと豆腐でできている

渾然一体のそれはもう別ものでも

豆として生まれ

木綿豆腐として世に出たことは

私の身体になる

メロンソーダ

わかんないよね。

メロンソーダにあかいさくらんぼの染み

水滴でふよふよのコースターと

みじん切りのストローの袋

喫茶店には何で男の子のマンガしかないの

午前が過ぎてゆく

うつろな午後がくるだけなのに

幹線道路沿いの窓から見える車は

みんなきらきらして見える

あの頃からずっと遠くに行きたくて

今はない喫茶店に帰りたい

むらさき色のスープ

午後のテレビをつけたまま

うたたねから目覚めると

ちょうど私の口にスープが運ばれているところだった

輝くむらさき色のスープ

スプーンの上で澱がさざめく

まだ人体で試したことのない材料でできてる

あつあつのきらきらの

喉を伝う熱の味

満ち潮

海藻だらけの砂浜で、

満ち潮を待つ

太陽は気づかれない速さで

影の位置を変え

私は風に吹かれ

たしかな速さで

疲れていく

回り道

木蓮が咲いているよ

レンゲソウを摘んだ田んぼには

立派なお宅が建ったね

回り道のあいだ手をつなぐ

つくしを取った話をする

何回も 何回も

振り返り笑う

何回も 何回も

この春に帰ってこれたと

思ってしまうから

午後の日差しにきらきらと

揺れて、

PM12:00のまま動かないラジカセ

毛布から裸足の爪先

閉じ込められていると、感じていた

たった5年の人生に。

辺鄙なところ

昔々

あなたのおばあさんの

そのまたおばあさんが住んでいた

おおかみのいる森のむこう

今はもうおおかみもいない

小さな生き物のかさこそ動く音だけが聞こえる

そんなところ

私はそこにいる

だれにも気に留められない

小さな生き物の一つに

なって

森のひとかけらに

なって

身体の重さと軽さを

一辺に手放して

深爪

1ミリ足らずの指先が

お前は弱い人間だと知らせる

ちょっとした不注意で

守られなくなった

爪の先は

洋服の繊維に痛めつけられ

クリップに傷つけられ

二日もすれば

忘れられる

光る人

暗くなるのが早くなって

冬がやってくるね

窓の向こう

車に気をつけて

駆け出す

ちょうちょ結びを直されて

むっとする

あなたの光が

瞼を巡る

うるさいくらいの血流が

いつか海になると

夢見る胚は

まだ眠る力がない

こだまする声は

まだよろこびもかなしみも

乗せていない

名前のない胚を

すこし揺らす

がたがた ごとん

たらり ぷつり

生きているだけで

絶え間なく鳴る音

ぬかるみ

私はぬかるみになりたい

ぬかるみとしての矜持

ぬかるみとしての責任を持って

人様の靴を泥まみれにし

心の隙間をつつき

その足首から決して手を離さず

いつか底無し沼と呼ばれたい

のこり

明日になったらね

朝ご飯もちゃんと食べて

お洗濯をして

人となりを整えて

薄く積もった無気力を

すこし掃除機で吸って

そうして

はがしたままの掛け布団の

間に挟まっていたひと欠けの

雑音を

ビニール袋に詰めて

詩とラベルを貼って

「どうぞご自由に」と

書かれた箱に入れて

次の日のこったものと

また続きの世界を暮らすのだ

ねむりねずみ

ねむりねずみは喋り続ける

喋りながらねむっている

頭の中のいちばん真ん中の

馬の手綱をにぎったまま

私の考えもしない何かを

うろんなねずみが喋る 喋る

今の言葉はねむりねずみの

私じゃなくて

寝言 寝言