【創作ショート】たった40秒のものがたり〜コマドリ〜
コマドリは方向音痴だ。
見知らぬ土地にやって来た。
ここに来たかったわけではない。
戻れなくなってしまったのだ。
コマドリはここでご自慢の歌を歌ってみる。
その歌をトラックの走音が掻き消した。
ここは自慢の歌を歌い上げる事の出来ない場所だった。
ここは僕のいるべき場所じゃない。
そう思ってコマドリは電線を飛び立った。
羽を休める為に降り立った場所もやはり電線だった。
コマドリはご自慢の歌を歌ってみた。
カァー
カァー
次々と甲高い声が現れて、コマドリの歌は掻き消される。
気がつくと電線に大きなカラスが次々と舞い降りた。そして、一羽のカラスがコマドリの耳元に向かって「カァー」と鳴いた。
半べそコマドリは急いで電線を飛び立った。
あそこはご自慢の歌を歌い上げる事の出来ない場所だった。
自分の歌うべき場所ではなかった。
コマドリが息を切らして降り立った場所は低木の枝の先だった。
その瞬間、目の前を猛スピードの車が通り過ぎた。車は途切れる事なくコマドリの前を通り過ぎ、その羽を激しく揺らした。
ここは高速道路だった。
コマドリは歌うまでもなかった。
カァー
気がつくと高速道路の街灯の上にカラスが群がっていた。コマドリは一瞬ヒヤリとしたがカラスの視線はコマドリに向けられていなかった。
カラス達は何かに向かって笑っていた。
笑い声とエンジン音の隙間から聴こえてきたのは歌だった。
目を凝らして笑い声の先を見つめると、中央分離帯で歌うカエルがいた。
時々隙間から届く、途切れ途切れでも終わらない歌。
カエルはきっとここで歌を歌い上げるのだろう。
その歌は一体誰に届くのだろう。