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罪と罰               ――140字では収まりそうにない無知という名の罪

それは私が小学校1年か2年の頃、まだ両目がちゃんと見えてたくせに周りの世界は何にも見えていなかった、そんな時分の苦い話。

病気がちで体調にムラはあったが、調子がいい時の夏休みの過ごし方は、午前中のうちから一人ですぐ近所のくさむらに分け入り、キリギリスとの格闘に時間を費やすのが好きだった。

キリギリスとの格闘といっても、もちろん取っ組み合いをするわけではない。要は、キリギリスを捕まえる、ただそれだけのこと。

ただそれだけとは言っても、鳴き声を手掛かりに静かに近づき、ターゲットを発見してからはさらに慎重にその距離を詰め、手を伸ばせばゲットできる範囲内から彼らが逃げて飛び立つ前に素早く捕まえるのは、それなりに難しい。

さらに、首尾よく捕まえた直後も、大きめの虫かごに入れる際、油断すると手に噛みつかれることもある。軍手を履いたその上からでも強烈な痛み。キリギリスの噛む力は想像以上に強いのだ。

調子がいい時は、半日くらいで10匹近く捕れることもある。
もっとも、当時の自分の小さな体にはやや不釣り合いなくらい大きな虫かごをもってしても、キリギリスばかり10匹も入れたら、ちょっと気の毒なくらい過密になってしまうので、ほど良きところでリリースだ。

飼おうと思ったこともある。
だが、初めてキリギリスを我が家に迎え入れてから数日後、酒の勢いもあったのか、あるいは単に虫の居所が悪かったのか、普段は比較的温厚な父に、鳴き声がうるさい!と大声で怒鳴られてからは、ビビッてもう飼えなくなってしまった。

それでも、用心深くしたたかなキリギリスを捕まえる、それだけで何故か楽しかった。
ただ、今にして思えば、長くても数時間後には解放されるとはいえ、何の理由もなく捕らえられるキリギリスにとってははた迷惑な話だったのは間違いない。

ちなみに、私は現在ではこういった人間の身勝手なキャッチ&リリースという行為に、どちらかというと批判的な考えを持っている。

だから、仮に今、自分がいきなり何者かに拉致され、どこぞの狭い部屋に軟禁されて、半日ほどしてから解放される――
なんて理不尽な扱いをされても、私がこの頃やっていたことを思えば文句は言えない。言う資格などない。

……話がそれてしまったが、ともかく、一緒に遊ぶ友達もろくにいない小学校低学年のガキの遊び方は、外でキリギリスと戯れることだったのだ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そんなある日のこと。
いつものように午前中から、いつもの叢に潜入した私は、いつもとは違う生き物を目にした。

色はキリギリスと同じ鮮やかな緑色。
しかし、寸胴なキリギリスとは違って逆三角形の頭部、まるで人間の手のような配置の前脚の先はあたかもファイティングポーズとるボクサーのように肘から曲げられ、もう一段階余分に曲げられた先は斧か鎌を手にしているようにも見える。
そして何と言っても全体のフォルムがシュッとしていて、えも言われぬスタイリッシュな雰囲気満点なのだ。

私は、ドキドキしながら慎重に近づき、いつもキリギリスに対して行っているアプローチでその昆虫を捕まえることに成功した。

初めて見た未知の生き物にワクワクが止まらない私。
その日はいつものキリギリスとの格闘予定を総てキャンセルし、ダッシュで帰宅した。この未知の生き物を飼ってみたい!強くそう思ったのだ。

ただ問題は……そう、このスタイリッシュくんの鳴き声と父親の怒号問題。
もともと屋根裏の物置を改造し急ごしらえで作られた私の部屋は、2階ではあったがその真下が茶の間である。
勿論、防音設備どころか断熱材もろくに入ってない部屋なので、キリギリスの元気いっぱいの鳴き声は、茶の間で寛ぐ父や母の頭上から容赦なく降り注いでくる格好だ。
まあ、五月蠅うるさい!💢と怒鳴り散らす父の気持ちも理解できないこともない。

だが、幸いにして、そのスリムでスタイリッシュ、緑色のイカシた鎌ハンドは、飼育ケースに移してからも一切鳴かない。
怯えて声が出ない、ということでないのは何となく分かった。鎌ハンドは飼育ケースをのぞき込む私に対して、一切怯む素振りも見せず、逆三角形の顔をこちらに向け、鎌のようになった両前脚を威嚇するように振るっているのだから。
そんな強気なところも魅力的に感じた。
怒り狂ってるのも無理はない。いきなり背後から捕まえられ、虫かごに押し込まれ、気がついたら元いた叢に比べればあまりにも狭い飼育ケースの中に放り込まれたのだから。

大丈夫、大丈夫。これから仲よくしような。

年端もゆかぬ愚かなガキは、勝手な親近感を小さな勇者に押しつけていた。

そうだ。
まずは食事だな。待ってろ、今、美味しいもの持ってくるから。

そうして私は、台所からくすねてきたキュウリを鎌ハンドの前に差し出した。危険を感じたのか、鎌ハンドは少し後退したが、なおもファイティングポーズは崩さない。

コイツ、カッコイイな。

私はもうこのグリーンファイターに夢中だ。

とはいえ、こうして自分が見つめていては、鎌ハンドは警戒しておちおち食事もできないだろう。
そう考えた私は、飼育ケースを本棚の一番下、風通しの良い空きスペースに移し、しばらくそっとしておくことにした。
安心しきっていきなり鳴きださないでくれ、そう祈りながら。

そして翌日。
幸いにして鎌ハンドはキリギリスのように騒音を出すこともなく大人しいものだったが、その一方で、エサのキュウリには全く手をつけていないようだった。
キュウリは嫌いなのかなぁ……。よし。

私は、キュウリはそのままにして、ナスを追加した。
キュウリを残したのは、もしかしたら、キュウリを食べないのはまだまだ警戒を解いていないからかもしれない、そう考えたからだ。

さらにその翌日。
鎌ハンドはキュウリにも、そしてナスにも手を付けていなかった。
我が家に来た初日はあれほど攻撃的だったのに、緑色の勇者の動きはかなり鈍くなっている。

……どうして食べないんだよ。

この日はレタスとキャベツを追加した。
できることなら白菜か大根も加えたかったが、その時の台所のストックにはなかったのだ。

しかし、三日目も、四日目も、そして五日目も、鎌ハンドは何も食べなかった。
野菜を細かくスライスしてみたり、土についてるのがダメかもと思い爪楊枝に刺して宙に浮かせてみたり。
白菜も入れた。プチトマトも入れた。苦いから自分は苦手なピーマンも入れた。
でも食べない。

野菜だけではなく果物も入れた。
もう飼育ケースの中は土の色がほとんど見えない。
さまざまな野菜や果物で埋め尽くされた、その上をよろよろと弱弱しい足どりで移動するも、鎌ハンドは決してそのどれに対しても食指を伸ばそうとはしないのだ。

なんでだよ。なんでだよ。死んじゃうぞ、おまえ。

緑、白、黄色、赤、茶色。
様々な色で舗装された飼育ケースの中をふらふらと歩く鎌ハンド。
出会った頃の勇姿は見る影もなく弱っているそのさまを、7歳のガキは肩を落とし、半ベソをかきながら、なす術なくただ見守るしかなかった。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

我が家にその小さな家族を新たに迎え入れて何日目だろうか。
1週間目だろうか、10日目だろうか。
無知で無能な少年は、ある決断を下す。

私は、鎌ハンドが入った飼育ケースを持って外へ出た。
玄関の先、ちょっとした花壇が横一直線に並んでいる、その土の上に、鎌ハンドをそっと放した。

ある日突然、何日もの監禁と断食を強いられた哀れな虜囚は、解放された喜びを表すことすらできないくらいに衰弱しきっていて、ゆっくりと、花壇の先の柵へ向かって歩を進めはじめた。
頬を撫でる程度のそよ風が吹くだけでも、台風のさなかに外出した無謀な人のように鎌ハンドは大きく動かされる。
そのさまを見ると、改めて猛烈な罪悪感が私の胸をギュッと締めつけた。

ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。

5分だろうか、10分だろうか。
とてつもなく長く感じられた時間をかけて、緑色の小さな勇者は、花壇の先の柵にまでたどり着いた。
その向こうには、彼が暮らしていた場所とは違うが、少なくとも狭い飼育ケースの檻に比べたらマシな叢が広がっている。

無二の親友になるはずだった鎌ハンドは、私の視界から静かに消えた。
見えなくなってもなお、私は彼が消えていった柵の間を凝視し続けていた。

ごめんなさい。

さようならなんて言葉は頭には浮かばなかった。
浮かんではいけない気がした。
ただ花壇の前でしゃがみ込んだまま、動けずにいた。

どれだけの時間、そうしていたのかは覚えていない。
次第に周囲が闇に包まれていくそのグラデーションだけが、かすかに時間経過を告げていた。

それでも私は、身動きがとれなかった。
心の中の虚無感とどうしようもない罪悪感とが延々とシェイカーの中で混ぜ合わせ続けられているのをぼーっと見ながら、やがてできあがるだろう苦々しいカクテルを罰ゲームとして飲まされるのを待ち続ける愚かな客のように。

!!!

不意に頭頂部に痛みが走った。
突然の痛みに頭を押さえていると、背後から父の声。

「なにやってるんだ。ほら、晩御飯だぞ」

振り返ると、趣味の畑いじりを終えた父が仁王立ちしている。
雑草とりでもしていたのか、右手には持ち手になる木の柄の部分を先にした鎌が握られている。
後で聞いた話だが、何度声をかけても私が反応しないので、手にしていた草取り鎌の柄の部分で軽く小突いたらしい。

「あ、鎌ハンド」

誰が鎌ハンドだ💢
私の声が聞こえていたら、速攻そう反駁されたことだろうが、私の小さな声は幸いにして父の耳には届いていなかったようだ。

父に促され、ようやく私は立ち上がることができた。
足が痺れていてちょっとふらつく。
気がつけばもうすっかり日も暮れていて、玄関燈が照らす範囲の外側はすでに闇の領域と化している。

父に続いて玄関から室内なかに入る前に、私は振り返り、柵の向こうに広がる闇に向かって、もう一度無言で頭を下げた。

――ごめんなさい。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

それからしばらくして、私は学校の中に図書室という特別な部屋があるのを知った。
私が毛嫌いしてた担任の先生ではない図書室の女の先生に聞いて、昆虫図鑑というものを教えてもらった。

そして知った。
鎌ハンドには「カマキリ」という名前があり、このカマキリはキリギリスのように鳴くこともないし、何よりましてキリギリスと同じものは食べない。彼らが食べるのは自分より小さな昆虫や小動物。
肉食なのだ。

ただ、その図鑑によれば、人工のハムなんかでも、カマキリの眼の前で動かしてやると、食いつくことがある、そうも書かれていた。
このことが事前に解っていたら、あんなことにはならなかったのに。

無知は恥ではない。
生まれながらにして総てを知っている者などいやしないから。

でも、無知は時として罪だ

知らなかったでは済まされないことがある。

そして、無知であり続けることは、さらに重い罪だ

知らないものを知らないと認め、本や記録という先人の知恵を借りるなり、自分よりも物を知っている他者に教えを乞うなり、知ろうとする努力を怠り無知であり続けることこそ、大いに恥じるべき罪だ。

私はそのことを学んだ。
大げさに言えば人生において最も大切なそのことを教えてくれた「カマキリ」の「鎌ハンド」は、わずか数日間ではあったが、私の大切な師であり、無二の親友だった。

――無論、向こうにはこの上ない迷惑だったろうし、いきなり親友言われても、

知らんがな(・_・)

そう一蹴されるに違いないだろうが。

不意に私は、頭頂部に「思い出し鈍痛」を感じた。
父の手に握りしめられた大きな鎌ハンドが食らわせた裁きの鉄槌は、私の犯した罪の何千分の一、いや何万分の一くらいには、罰になっただろうか。

ならんがな(・_・)


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

誰が「鎌ハンド」やねん💢

この記事は、日頃から何かと良くしていただいておりますnote友のーともさぼてん主婦さんの記事

スズメバチ退治の最大のトラップ

中のある部分から記憶を喚起し、こうして記事として陽の目を見るに至ったお話であります。

まあ、コメント時には500字では足りないので、ちょっとした記事にしようか……なんて言うてて、結局10倍以上やないか💢
――という、相変わらずのグダグダ乱筆&とりとめなっしんぐ駄文に終始していて、しかも、こちらは当初予想どおりなのですが、

全っ然、笑えないやないか💢 

そんな辛気臭~い記事に仕上がってしまいました(*´Д`)💦

というわけで、ここは一番、さぼさんの記事でスカッと笑顔になってもらいたいと思います(o^-')b♪

不幸にして、こんな記事の落とし穴にハマってしまい、それでも幸運にしてここまで読み進めていただいた我慢強いアナタへのご褒美🎁は、ただちにコチラ👇の記事へ飛び、心の底からスッキリしていただくことであります。さぼてん主婦さんとそのご主人との、心温まる( ̄∀ ̄)ニヤリ♪ やりとりで笑顔になってもらうことを強く強くオススメするものであります(o^-')b♪

さぼさん、ごめんねー💦
なかなか時間が作れなくて、結局、書き始めるまで二週間もかかっちった(^^ゞ💦
しかも、昨日、ちょっと軽めの記事だったから、あ、これはいけるか♪と思って書き始めたけど、結局1日では書ききれなかったという……(*´Д`)

それでも、拙いながらもこうしてひとつの形にすることができたのは、さぼさんのおかげなのです(*´∇`*)♪

本当にありがとうございましたm(__)m♪

……あ、思い出した(・_・)
「年末キャバクラ大暴露事件」もありましたねぇ(さぼさんの方はとっくに忘れてはるかもですが(≧▽≦)♪)
……こちらは、もうちょっとは軽く笑える感じになる予定ですが、かくのごとく田中芳樹なみに筆が遅いので(←それは田中芳樹先生に対して失礼すぎぞ💢) もし覚えておられるようでしたら、そこはのんびりと構えていただけたら幸いですm(__)m

いずれにしても、さぼさんとのコメント欄での語らいは、記事のネタとしてインスパイアされることがとても多いですし、まあ、それを別にしても、やりとり自体がとてもとても楽しいので☆良かったらこれからもかまってあげてやってくださいませ♪(ФωФ)♪

今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

なお、この記事のヘッダー画像は、みんなのフォトギャラリーから
メイプル楓さんの「みんなのフォトギャラリー / Vol.019-No.404」のステキなイラストをお借りいたしました。
 
いつもながら、味わい深いイラスト☆なのです(*´∇`*)♪

この場をお借りして厚く御礼申し上げますm(__)m♪

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

結局1日では書ききれず日付またぎになっちゃったので、開き直って補足とあとがき的なものを最後に――

たぶん、多くの方はこの記事を読み進めるうちに、
いや、何、この子、どうして他の人に訊かないの?
――そう思われるでせう。
私もそう思います(笑)。

で、当時を振り返ってみてのしょもない言い訳は、次のとおりです。

  1. 母は基本的に虫全般が苦手です。あからさまに捨ててきなさいだとかは言われませんでしたが、子どもながらに虫の話題はふるのも憚られるちょっとしたタブーになってた感じでした。

  2. 父は基本的に虫に関してはニュートラルで、それこそキリギリスを飼うに際してのアドバイス (飼育ボックスの環境やら、キリギリスのエサは何がいいか等)をもらってたくらいでしたが、例のキリギリス怒号事件は、小1のガキんちょには十分すぎるトラウマになっていて、もはや素面の時でも父に昆虫の話をふったらドヤされるのでは( ゚Д゚)!…という強迫観念があったので、父に訊こうという選択肢は最初はなからノーでした。

  3. 同世代の友達。私の最初の小学校は、通学時間がバスでゆうに30分くらいかかるくらい遠距離でした。というわけで、休日に遊ぶにはどちらがどちらの家に行くにせよかなりの無理がある状態であり、いきおい、学校内では学年を追うにつれて孤立度が増していきます。加えて、この頃はちょくちょく短期間の入退院を繰り返してた時期でもあり、自分的にもクラス内での孤立は、それはそれでよしとしてました。込み入った相談ができる友達など当然1人もいません(・_・)

  4. 担任の先生は、当時の自分の中ではもっとも有り得ない選択肢でした。その理由は、私の利き手矯正問題。生来、私は左利きでしたが、当時の社会的風潮で左利きは「ぎっちょ」と呼ばれ右利きに矯正されることもしばしばです。我が家も御多分に漏れず、家での食事は常に右で。父がいない時はこっそり左で食べてましたが、そんなのが見つかるとこっぴどく怒られました。で、父の眼から離れる給食は、心置きなく左で食べられるのですが、そんな折、おまへ学校では左で食べてるな💢と。先生に訊いたぞ、と。まあ恨みましたね(笑)。今にして振り返れば生徒の保護者から聞かれたことに答えただけですけど、当時の私にはとんでもない裏切り行為であり、これ以来、学校の教師というものに信頼が置けなくなってしまいました(^^ゞ💦

無論、これらの言い訳は、鎌ハンドにしてみれば、全く関係のない話。

いやいや、自分、飼うなら飼うで、しっかり調べろや💢

何や知らんけど毎日、野菜や果物増えとるけど、まるで食えんっちうねん!

――て話で。

いかなる理由があろうと、誰かに助けを求めるべきだったんです。
まあ、後悔先に立たず、ってやつですねぇ( ̄∀ ̄)
向こうに逝ったら、まず真っ先に謝罪しなければならない案件なのです。



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