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独立記念日            ――画像しりとりはじめました(#150)

(#149) ハイブリッド→「ど」→独立記念日

俺たちはもう高校3年生だ


休み時間のトイレはそろそろ一人で行こうぜ…



泣くなよ、男だろ( ̄∀ ̄)。

 まぁ、見苦しくも泣きじゃくる髭面眉間に傷男は置いとくとして、昔から学校でよく見かけられた光景のひとつに、女子は2人、あるいは集団で連れ立ってトイレに行く、というものがある。

 「連れション」という言葉があるように、男子でも2人でトイレに向かうという光景はたまに目にすることがある。が、さすがに男子が集団でトイレに向かうという光景は、少なくとも自分の記憶には、ない。

 女子はなぜ2人あるいは集団でトイレに行くのか?という疑問提示は厳密には正しくないだろう。
 なぜなら、割合的にはごく少数なのかもしれないが、男子と同じように一人でトイレに行く女子だってそりゃいるでしょうに、てことだから。
 ただ、そういう少数派は、そもそもトイレに行く時だって

「私、植村花菜(仮名)は、これより小用を足しに、1階女子トイレに行って参ります!」

などと宣言していくわけじゃないはずで。「教室から出る=トイレに行く」と絶対視はされず目立たないというだけのことである。

 それを踏まえ、それでも大まかな傾向として、女子が単独で行くよりも2人ないし集団でトイレに行きがちなのはなぜだろう?という疑問について考えてみる。
 私は女子ではないし、女子トイレに潜んでその実情をリサーチするような研究熱心な頭のイカれた人間でもないので、一般的にどういう風に言われているのかを、ちょっとばかし調べてみた。

 さまざまな理由が挙げられていたが、類型としてまとめてみると、大体次のような感じだ。

  1. 一人でトイレに行くのは恥ずかしいから

  2. 仲の良い友達とずっとおしゃべりしていたいから

  3. 1人になって周囲から孤立してると見られるのがイヤだから

 女子でもなければ集団行動もあまり得意でもない私のような者が、果たして正確に理解できているのかといえば今一つビミョーではあるが、個人的な感触としては、どの理由にもなるほど♪と一定の理解ができたつもりだ。

1. 一人でトイレに行くのは恥ずかしいから
 まあ、そもそもトイレは「御不浄」なんて言い方もされるくらいだし、とりあえず喜び勇んでいく場所でないことは確かではあるよなぁ( ̄∀ ̄)。

 また、間接的に同根の問題として、この観点で見ると、男子には男子特有の「学校のトイレで大便をするのは恥ずかしい」問題にぶち当たる。このことに関連した「ウンチマン」の悲劇については、以前、拙いながらも記事にしたことがあるので、もしよかったらコチラから👇

2. 仲の良い友達とずっとおしゃべりしていたいから
 これは、ちょっと、なるほどなあ♪( ̄o ̄)♪という、予想の斜め上を行く、恐らく男子には直観的には想像がつきにくいと思い興味深く感じた理由だ。

 つまり、もはやトイレがどうしたこうしたの次元ではなく、とにかく仲良しの子とコミュニケーションをとっていたいのだ。結果として3.の理由とカブることになるかもだが、本質としてはポジティブで、個人的にも好感の持てる理由だと思った(⌒~⌒)。

 極端なことを言えば、トイレに向かう道中のわずかな時間でさえ、ひとりで歩いているよりは仲良しの花菜ちゃん (仮名) とおしゃべりしていたいということである(*´∇`*)♪

 これ、男子には感覚的に理解するのがけっこう難しいのよねぇ^m^。

 あくまでも傾向ということであり絶対視できる類のものではない、と前置きしたうえでの話だが、男女間ではコミュニケーションにスタイルとしての差があると言われている。

 女性は「おしゃべりのためのおしゃべり」ができる、つまりオチのない話でも延々としゃべり続けられるという傾向がある。
 これに対して、男性にとってのコミュニケーションは第一義的に情報伝達の手段であり、端的に言えば、原因から結果に向けての最短距離を目指すという傾向にある。

 要するに、ざっくり言ってしまえば、男性は女性に比べるとコミュニケーションに遊びと余裕がない(笑)ということに落ち着くのだ( ̄∀ ̄)。
 まあ、男はコミュニケーションをとることについて左脳しか使わないらしいし(*1)、「おしゃべりのためのおしゃべり」といったガールズトークは理解できないのかなぁ(^^ゞ

*1:男はコミュニケーションをとることについて左脳しか使わないらしい:男性は脳内の言語を司る機能が左脳にしかない。一方、女性は左脳と右脳の6~7か所に点在している。
 このことの傍証として、男性が脳の左半球に障害を負った場合、言語性IQが平均で20%ほど低下する一方で、右半球に負った場合は言語性IQの低下がほとんど見られない。同じケースを女性で見た場合、左半球に障害を負った場合の低下は平均9%、右半球に障害を負った場合は平均11%、となっていいて、女性が言語のために両方の半球を使っているということが窺い知れる。

3. 1人になって周囲から孤立してると見られるのがイヤだから
 学校生活という閉じたコミュニティの中で一人でいるということは、「孤立」を意味することに直結しがちである。この「孤立」は、エスカレートしていくと、それこそいわゆる「いじめ」問題にも発展しかねないので、なるべく一人でいたくない――
 そういった理由から、最低でも自分ともう一人、なんだったらできるだけ多くの集団でトイレに行く。それはそのグループに属しているという安心感に通じる、ということなのかもしれない。

 ただまあ、この観点で言えば、それは女子に限らず男子にしても全く同じことが言えるはずなので、「トイレ女子集団大移動」問題の理由としては、あくまでも副次的な理由といえそうだ。

 うーむ……。こんな理解で果たして本当にいいのだろうか?(・_・)?
年数的には人並みに6・3・3・4の16年間という学校生活を送りはしたが、そのほとんどでいわゆる特定のグループに属したことがない私にとっては、この問題を包括的に解こうなどと考えるのは、とてつもなく浅はかなことだったのかもしれない( ̄∀ ̄)ヒエェ。

 ただ、その16年間を振り返ってみた時に、
「トイレくらい、黙って一人で行けばいいじゃん」
――なんてことを思ったことは、たぶん一度もなかったと思う。

 人は、誰に頼ることなく一人で解決しなければならない局面が、人生の中ではいくつもいくつも訪れる。

 そのことだけ承知しておきさえすれば、あとは、なるべくなら集団でいた方がいい。縦横ななめのつながりも、できるだけ持っていた方がいい。人は所詮一人では生きていけない弱い生き物なんだしw
それに「三人寄れば文殊の知恵」って言うしね^m^

 一人でも多くの仲間を増やさねばっ!などと死に物狂いで奔走する必要もないけどw
 あえて孤高を気取る必要も、同じくらいないよなぁ

 一人でいることも大切👆
 みんなでいることも大切👆

 そんな風に感じる霜月の夜。

……あれ?今日も全然オチがないぞ(・_・)

 まあ待て。ということは、この松平雅楽守、男子でありながら世の女子と同じように、オチのないトークを延々と続けられるポテンシャルを持っている、そういうことと理解してよろしいか?
(断じて違います( ̄∀ ̄)…てか「トーク」ぢゃねぇし)

◇ ◇ ◇

今日の〆の一曲。レキシ feat. Dr.コバンで『真田記念日

 んー……最後の最後まで石野真子の『失恋記念日』とどっちにしようか迷った( ̄∀ ̄)

 ま、それはそれとして。相変わらずムダにいい曲だぞ、レキシ^m^♪

 タイトルはもちろん、俵万智の1st歌集『サラダ記念日』をもじったものだが、歌詞の内容は、しっかりと安土・桃山時代の終焉を飾る、真田幸村こと真田信繁が最後の勇姿を見せる大坂冬の陣、および大坂夏の陣についてを、めっちゃシンプルかつ爽やかに歌いあげている。

 ちなみに、今回フィーチャリングされているゲストミュージシャン、Dr.コバンは100sの中村一義。

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

特に意味はないが、なんとなく。


 おっと、今宵ももうこんな時間だ。雨が夜更けを待たずして雪へと変わってしまった本日、十一月二十七日は――一体全体、何記念日やねん(・_・)?

 そんなこんなで、
明日も、なるべく多くの人が、
一人の人もそうじゃない人も、それぞれの一日をいいねと言ってあげられる良き日になりますよう✨


■ おまけ

 今回の画像しりとり列車 (149両目) の前の車両です。タイトル「ランナーズハイ」と右下のネタ画像で、なにこれ?て引っかかりを覚えた方がおられましたら、時間が許すような時にでも、覗いてみてやってください。

■ 参考・出典

コミュニケーションにおける性差についての考察―「車のエンジンがかからないの」を事例に― 松田哲


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