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自らの光で輝く恒星のように【2】
「鍵がかかっている」声とは何だろう? 前回は「健全でない声」「拘束されている状態」の声についてお話しました。さあ、今回も始まります。変わり者のあなたへ。人はなぜ「歌う」のか?歌うことについて深く読み進めてみましょう。
「歌う」とは「何かいわゆる精神的なもの(空想、表現、感情)から導き出すもの」なんですか?え?それでいいんですか?え?え?違いますよね?
そう宣ったのは、発声研究者のフレデリック・フースラーです。ボイストレーニングの聖典と呼ばれた『うたうこと』に書かれていたこの文章を初めて読んだとき、私はつい吹き出しそうになりました。つまりこう言いたいんです。
「器」を磨かずして「精神」を入れるんですか?
もしもフースラーが現代にいたら、YouTubeチャンネルを開設して「それってあなたの感想ですよね?」とでも言ってそうです(笑)著書『うたうこと』にはこんなふうに綴られています。
「歌手にとって、発声器官の自然の法則性に従ってでき上がった『技量的能力』こそ、完全に解放された純粋の自然であって(中略)完全な自然さが、すべての『自然主義』を克服し去り、そこでようやく、その楽器によって、「精神的なもの」を実際に表現することができるのである。『精神的』な野望を抱いて歌っている『自然主義者』などというのは、馬鹿げた考えであって、その連中の芸術的、音楽的な試みも、苦しそうで不愉快な産物以上のものではない」(※1)
気分よく歌っていた私をためらいもなく辻斬りしてくる彼。血だらけで痛いけれどぐうの音も出ない。わかったよ!もうボイストレーニングするよ!!と謎の無力感にひれ伏してしまうのは不思議。
ぐうの音も出ないくらいコテンパンにしてくる辺り。まさに彼は学者さんなんですね。
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さて、笑わせようとする私の癖にはこのくらいで引っ込んでもらいましょう。みなさんは何かスポーツに打ち込んだことはありますか?私は小さい頃、剣道を習ったことがあります。近所の小学校で流行っていて、1年もせずに辞めてしまいましたが、剣道では「構え」というものがあります。敵と対峙したときの姿勢といいますか、有名なものには、剣先を相手の左目に向ける青眼(せいがん)などがあります。
これから何かと向き合うときの心や精神を含めたからだの形です。
野球ならば、バットを持ってマウンドに立つと、自然と打つ「構え」をしますね。ピアノなんかも、弾ける人は椅子に座った姿勢から違う。頭で考えなくても、からだが勝手にそういう形になるのです。演奏する形、試合をする形、からだが勝手に最大のパフォーマンスを引き出せるフォームになる。これがすごい大事。
歌うことにおいても同じなんです。発声器官の自然の法則に従ったボイストレーニングで「よい」声を育てて、からだが人間が持つ本来の能力を解放できるようになってくると、歌おうとすると、発声器官が自ずと最大のパフォーマンスを引き出そうと動いて準備します。発声器官が自然と「歌う配置」になるのです。
前回、「歌うことは人間の属性」という話をしましたが、鳥が飛ぼうとすると自然と羽を広げるのと同じで、人間の喉を本来の自然の状態へと解放していけば、喉は自然と歌う喉に準備されますよ、ということなんです。
だからボイストレーニングが大事。解放するためにトレーニングをするのです。型にハメて正しさでガチガチに縛り上げるためじゃない。喉を解放して自由になるために、ボイストレーニングをして人間の喉を本来の自然の状態に戻していくのです。
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フースラーメソードにおいては、アンザッツという発声で「反射」していくことで、喉頭を吊る筋肉(喉頭懸垂機構)の神経支配をよくしていきます。それによって、発声器官が自然と「歌う配置」になれるまでに解放していきます。
剣道の「構え」から始まり、ここまでしつこくこんな話をするのは、やはり器の用意が先なんです。「からだ=器を準備する」→「そこに精神を入れていく」という順番。器があって初めて水を注げるのです。
かつての私のように、気分よく歌えば解放されてる!なんて幻想を抱かずに、ボイストレーニングで器を磨くのは、悪いことじゃない。ひたすら正しいフォームをからだに覚え込ませる期間も無駄じゃない。
トレーニングとは繰り返しが多いものなので、飽きてしまうかもしれません。だけど「なぜ」それをやるのか?理解していれば、途中で休憩はしても、励まし合いながらまた歩き出せるのではないでしょうか?
歌うこと・声で表現することの人生が素晴らしいものになるまでには、トレーニングを積み、法則性を理解し、実際に体験してみてと、それなりの時間と忍耐は必要です。だけど、そうして辿り着いた先には、確かな土台の上に築かれた本当の自由があります。自己満足とは次元の違う「解放された自由」です。自然と調和していて、健全ゆえに思いのまま。
そもそもアート表現や芸能は、人間に潜在する能力を、自らの力で開拓して解放するから面白いのです。「表現する」とはその人の実体験です。自分の目で、耳で、肌で感じてきた実体験であればこそ、喜びも感動も魂にしっかりと刻まれるのです。
その魂は、自らの光で輝く恒星のように。
(おしまい)
※1 フレデリック・フースラー/イヴォンヌ・ロッド=マーリング 著 須永義雄/大熊文子 訳『うたうこと 発声器官の肉体的特質―歌声のひみつを解くかぎ―』音楽之友社 108頁 1行目~7行目
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