怪しい宗教から足を洗ったA子の話
友人が怪しい宗教に入会してしまったことがあった。A子という。マジで本当にヤバい宗教だと聞き、私は他の友人たちと一緒に、どうにかしてA子が戻って来られないか?考えていた。
A子はつらい時期だったのだ。だから、つい怪しい宗教に入会してしまったというのも責められなかった。しかも、彼女は昔から頑固なところがあった。親しい友人だからこそ、心の内を話したくないという癖があり、いじめを受けていたときも限界まで隠していたくらいだ。
A子が怪しい宗教に入会したことは、S美から電話で聞いた。
「んっとね……一番、二番を争うくらいヤバいところ」
いよいよか!電話口の私は、人生のドラマに膝をガクガクさせた。ときどきニュースで見かけるネズミ講や高い壺などが脳裏をよぎる。A子、戻って来られるのかな?事件に巻き込まれたり、怪我や痛い思いをしなければいいけれど……。
友人が聞いた噂によれば、A子は数珠を買って部屋でお祈りをしているらしい。本当に“グッズ”を買わされるんだな……。せっかく稼いだお金が、本当に世の中を良くしてくれるかどうかもわからない人の懐に入るなんて。A子は昔からボランティアが好きで、人助けが楽しいと感じる子だった。そういうところにつけこまれたのかもしれない。
しばらくの間、A子に連絡しても出ない日が続いた。
ある日、ふとA子が例の怪しい宗教を辞めたという知らせが入った。もともとA子と私は仲が良かった。知らせが入ってから少し経った辺りで、私は何食わぬ顔をして、いつものようにA子を遊びに誘ってみた。きっと騒いだり、責めたり、しつこく尋ねたり、そんなことして欲しくないだろうなと思ったからだ。
道を歩きながら私たちは久しぶりに話をした。
「それにしても、辞められてよかったね。びっくりしたよ」
本を読むことも、勉強をすることも好きではないA子。どちらかというと、宗教なんて難しくて理解できないんじゃない?と思ったくらいだ(ごめんA子。。)入会したことにも驚いたけれど、あっさり辞めてきたことも意外だったので、不思議に思って、私はA子に辞めた理由を訊いた。するとA子は、エヘヘと笑いながらこう答えるのだった。
「だって、幸せになれるっていうから入会したのに……幸せになれなかったから」
お、お、おま……お前、今、ソクラテスみたいなこと言って、本質を突いたぞ?!?!
20年近く経った今でも私が覚えているんだ。その返したるや、まるで一休さんのトンチのように!プラトンもガリレオも仏陀もキリストも「あっ!」と驚く瞬間だった。
そもそも、自分も他人も世界も、平和で幸せになっていくというのが本来の宗教の在り方。
幸せになれるっていうから入会したのに、幸せになれなかったから。
この言葉は、シンプルだけれどすごく強い。説得力のある言葉だ。
ときどき「これをすれば人生が好転する!」というモノを見つけると、自分の頭でよく考えずに、狂信的になっていく人を見かける。身心がボロボロになって、周りが心配するほど良くない状態が続いていても、「これをすれば人生が好転するんだもん!」としがみついてやめないんだ。
意地になっちゃうことも。そういう人は、親切心から声をかけようものなら、「この人は自分を堕落させようとしている!」と敵意まで向けてくる。こうなるともう"聞こえなくなっている"状態。背後で何かが崩れ落ちていく音さえも聞こえない。
自分を救えるのは、自分自身だ。これは自己責任論なんかじゃない。生きることの本質、人生の真理だ。
どうか誰かの掲げた理想郷で暮らそうとしないで欲しい。自分の足で歩いて、耳で目で確かめ、土を掘り起こして、気候を読んで、試して、失敗して、そうして"揺るぎないモノ"を知ってみて欲しい。そこに君は人生の価値を見出すだろう。他人が敷いてくれた布団、建ててくれた家、作ってくれたご飯、淹れてくれたお茶、稼いでくれたお金。誰かが掲げた理想郷に暮らすとはそういうこと。本当に楽しい?
A子が賢かったのは、ここに幸せがあるかもしれないと思っても、まずは自分自身の目で見て、理性で判断して、おや?と思ったらその感覚を大切にして、違うと思ったらさっさと辞めてきたところ。仮説を立てたら、まずは自分で試して、思考して、自分で判断したんだ。狂信的になり行くところまで行っちゃう人は、仮説どころかすぐに結果を求めている。「これをすれば人生が好転する!」と手っ取り早く信じて、手っ取り早く手に入れようとする。
冬が嫌だからって、秋の次にすぐ春は来ない。自然の摂理さえ理解できなくて、その『宗教』とやらはどうやって人生の歩き方を教えるのだろう?
「本当だね。幸せになれるっていうから入会したのに、幸せになれなかったって言われたら、向こうはぐうの音も出ないよね」
私たちは大笑いした。バツが悪そうに伏し目がちにしていたA子も、もう面倒くさくなったようで、いつもの明るさでエヘへと笑い飛ばしていた。
幸せになれるっていうから入会したのに、幸せになれなかった。そこを自分で気づけた彼女に『宗教』は必要ないだろう。
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