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桃の天然水と甘くない高校生活

あれはペットボトル症候群だったかもしれない。そう思える出来事が私にはある。高校一年生から二年生にかけてだ。

高校生にもなると、中学と違ってお菓子やジュースを学校に持ち込めるようになる。親の目もだんだんと離れて行き、自分が好きなものを比較的自由に選べるようになるのもこの頃。

私の家は共働き世帯だった。そのため朝早く仕事に行く母は、私の分のお弁当を作れない日もあった。そんな日は決まって500円硬貨を1枚渡される。

「これでお弁当と飲み物を買ってね」

慌ただしい朝のやり取り。その内この500円ルールは定着し、銀行で500円硬貨を大量に両替してきてはテレビの上のフィルムケースに入れて、お弁当が休みの日は、フィルムケースの中から500円硬貨を勝手に1枚持っていくシステムへと変わった。

お弁当が休みの日、私は嬉しかった。学食のお弁当は400円もしない。夢の500円硬貨があれば、余ったお金で中学生では体験できなかった「コンビニでの買い物」ができたし、自動販売機で人気のジュースを買うこともできたからだ。

当時、私が夢中になっていた飲み物がある。それが、桃の天然水だ。

ところで、ペットボトル症候群とは何か。全国清涼飲料水連合会のホームページより引用してみると以下のような症状だという。砂糖が入った清涼飲料水を多量摂取することで、急激に血糖値が上がり、著しい喉の渇き、倦怠感などが出てくるのだ。恐ろしいかな、私はこのペットボトル症候群になっていたようなのだ。

Q「ペットボトル症候群」って何ですか?

A 医学的には「清涼飲料水ケトーシス」といい、「ペットボトル症候群」は糖尿病の自覚のない人が糖尿病の症状のひとつである「喉の渇き」のため、砂糖が入ったペットボトル入りの飲料を多飲していたためにつけられた造語です。

ペットボトル入りの飲料すべてが原因になるわけではありません。近年ではミネラルウォーターやお茶飲料、炭酸飲料などでも無糖のものが多くなっており、パッケージに記載の栄養成分表示を参考にしてください。

「清涼飲料水ケトーシス」は、少なくても1カ月以上、10%程度糖分を含む清涼飲料水を毎日、1.5ℓ以上飲んで、急激に血糖値のあがるケトーシス(糖尿病の中でも血液中のケトン体が増えている重たい症状)になることで、症状としては、著しい喉の渇き、体重減少、倦怠感が出たりします。ひどくなると、意識がもうろうとし、昏睡状態に陥ることもあります。
詳しくは「健康のためかしこく飲みましょう」をご確認ください。

全国清涼飲料水連合会「清涼飲料水Q&A 健康」より引用

私の場合、1日にものすごい量を飲んでいたわけではなかった。しかし毎日のように桃の天然水を飲んでいた。あとで知ったが、桃の天然水は「買ってはいけない」という人もいるくらい多量の砂糖が使われていたそうだ。

当時はフレーバーウォーター自体が珍しかったし、見た目は水のようなので、それこそ水代わりに飲んでいた。もうこの時点で健康に悪いことがわかると思う。だけど今のようにスマートフォンがなかった時代だ。ましてや高校生にそんな情報なんか入ってこない。

今の若者は知らないかもしれないが、当時(2000年前後)桃の天然水は爆発的人気のヒット商品だった。CMには人気歌手起用されていて、「ヒューヒュー!」なんてCMの真似をしてみたり、高校生にとっては持っているだけでカワイイ憧れの飲み物だった。

桃の天然水に加えて、栄養が偏った肉弁当、チョコチップメロンパンなどの甘いお菓子も日常的に食べていた私は、今思えばかなりの糖分を摂取していたのだと思う。

変化に気づいたのは、朝のホームルームの際に行われる小テストだった。

もともと小テストは好きではなかった。特に数学は高校になってから難しかったし、勉強について行けていなかったからだ。一年生の頃は、クラス順位も45人中43位という悲惨なもの。数学の成績は10段階のうち「3」。せっかく学費を払っているのに!と父親にカンカンに叱られたっけ。

だからテストは苦手なものだと思っていた。それが二年生に上がってすぐの頃だ。比較的得意な英語の小テストにも支障が出てきて、さすがにおや?と気づいたのだ。

5問程度の英単語が覚えられない。毎朝、同じ箇所が出題されるというのに合格点に達しない。再テスト、再々テストと追試を受けるようになった。

しかも難しくて覚えられないのではない。記憶力が低下して覚えられないのだ。明らかに頭の回転が鈍い。例えるなら、動画の再生速度を0.5倍にしたような感じだ。頭が重くて、一生懸命に考えよう、記憶しようと思っても眠くなる。強い倦怠感を覚えて、何かが変だと思った。

振り返れば、あの頃は人生最大に肥えていた。予習だ、復習だと理由をつけてはギリギリまで学校に残って、学食のような広いテーブルのある部屋で、お菓子やジュースを広げて勉強していたのだから。成績が良くならないなら、勉強時間を増やせばいいと思っていた。遅くまで学校に残っているものだからお腹も空き、お腹が空いたら自動販売機で菓子パンを買って、口寂しくなったらジュースを飲んでいた。

そうやって勉強時間を増やしているというのに、たった5問程度の英単語が覚えられない。このままでは本当に赤点になるのではないか.......。ようやく危機感を持った私は、直感で食べ物を変えようと思った。何となく、何となくなんだけれど、桃の天然水が良くないんじゃないかと感じたのだ。そう考えると人間の本能ってすごい。

そこで私は、母親に頼んでまたお弁当を作ってもらうことにした。夢の500円硬貨に詰まった自由と、桃の天然水をはじめとするカワイイお菓子は捨てがたかったけれど、勉強に追いつかずに落ちこぼれて行く自分の未来は、何となく「尊厳」みたいなものが失われていくような気がした。

手作り弁当と日本茶。この組み合わせの食事をしばらく続けていると、体調が良くなっていった。眠気も倦怠感もなくなり、何よりも記憶力が戻ってきた。

私が通っていた高校では、二年生になると文系・理系にクラスが分かれる。一年生のときに数学「3」をとった私は、迷わず文系を選んだ。おまけに一念発起して、二年生で初めて学ぶ日本史Bを得意教科にしようと決めた。英語や古文など、一年生で覚えられなかった教科より、初めましての日本史Bは、私を受け入れてくれそうな気がしたからだ。

さあ、果たして桃の天然水を卒業した私の成績はどうなったのか……?

クラス順位は、なんと2位!一年前と比べて40位以上も順位が上がったのだから、ペットボトル症候群がいかに怖いものか、おわかりいただけたかと思う。

ちなみに、初めましての私を受け入れてくれた日本史Bは、順調に成績を伸ばすことができて、大学受験も日本史で勝負して、そのまま文学部歴史学科へと進学することになったのだから、人生ってどこでどう曲がるわからない。

夢の500円硬貨と引き換えに、ペットボトル症候群になった甘くない高校生活の話。

(おしまい)

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