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帝都の復讐姫は作家先生に殺されたい 4-3 華族会館泥棒ポルカ(3)

 二日後。
 開店してすぐの和洋食堂は、昼食にはまだかなり早く、客がほとんどいなかった。
 店に入ってきた柊士郎は、白いシャツにサスペンダーで吊ったズボン、上着を小脇に抱えた格好だ。たくましい身体つきがよくわかる。
 悧月と花墨は奥のテーブルで待っており、柊士郎は二人の前に座りながら女給にコーヒーを注文した。

「さあ、話せ。そちらから言い出したのだから、そちらからだ」
 居丈高に腕組みをする柊士郎はしゃくに障ったが、花墨は悧月と視線を合わせてから口を開いた。声は抑えているので、店の者には聞こえないだろう。
「八年前、時庭という家の夫婦が殺された事件を知ってますか?」
「憑捜事案だから知っている。植木職人の家だったな。それが?」
「夫婦の娘が行方不明、ということになっているはず。それが私よ。時庭花墨といいます」
 柊士郎はぴくりと眉を上げる。
 花墨は構わず続けた。
「怨霊に憑かれた母は操られ、父を殺し、自分は自害させられた。私は生き延びたけれど、髪が真っ白になってしまった。たぶん恐ろしかったからだと思うけど、よくわかりません。今は染めています」
 白い髪は柊士郎に見られているので、話に出さないわけにはいかなかったが、星見に憑かれていることは伏せることにした。
 その後、親戚によって人買いに売られてからのこと、さらに『千代見』という名を手掛かりに調べたものの、『雛菊神社』がなくなっていたくだりを説明する。
「逃げた怨霊を見つけたくて、復讐したくて、ずっと探してた。そうしたら、バーネット氏の事件が起きた。私の家の事件と似てると思って、調べていたんです」
「元大使と会って、何かわかったのか」
「その前に、次はそっち」
 花墨はあくまで、自分が主導権を握るつもりでいた。
「バーネット氏の事件はもう二ヶ月も前なのに、どうして華族会館をいまだに調べてるんですか?」

 柊士郎は、チッ、と舌打ちをした。
「真相がわからないからに決まっている」
「バーネット氏から事情聴取はしたんでしょう?」
「したが、本当のことをしゃべっているかどうか怪しかった。……彼は憑捜を信用していないんだ。憑捜のことを、裁判なしで誰かを都合よく『処分』できる処刑機関だ、などと思っているらしい。陰謀論に毒されやがって」
「憑き病だということにして……か。あり得ない話ではないな」
 悧月が言うと、柊士郎はバン! とテーブルを叩いた。
「そんなわけないだろう!」
 びくっ、と花墨は肩に力が入ってしまったが、悧月は平然としている。
「大声を出すな、実際どうなのかは君には証明できないだろう。この話は無意味だよ、別の話をしてくれ。他の関係者からも聴取はしたんだろう?」
「フン。もちろんしている。元大使の妻は元々、怪異に敏感な性質たちだったそうだ。霊感が強い、と言った方がわかるか?」
「君たちのようにね」
 憑捜のような仕事をしている者は、怪異に敏感でないとやっていけない。
 柊士郎はうなずいた。
「まあな。その、大使夫人がパーティーのさなか、急に『何かがおかしい、帰る』と言い出したそうだ」
 パーティーは夕方から始まり、大使夫人は普通に食事をし、踊り、華族たちと交流していた。子どもたちは最初に挨拶だけして、後は客室で遊んでいたようだ。
 しかし、急に夫人が帰りたがったので、大使は夫人と子どもたちを送り出すため、いったん家族で駐車場に出た。そこで事件が……という流れらしい。
「お前たちが監獄にいる元大使に会った後、彼はやっと、真実らしいことを語り始めた。事件が起こって憑捜が駆けつけた時、彼はあたかも自分が憑き病にかかったかのような態度だったが、本当は奥方がゴーストに乗っ取られたのだと」
「ええ。元大使が奥方を刺したのは、子どもたちが殺されるのを止めようとしたからです。仕方ないことだと思うわ。でも、元大使はなぜ、憑き病患者のふりを?」
「新聞の第一報に、『妻が子どもたちを殺した』と書かれたくなかったらしい。続報ならともかく、第一報は一面で目立つからな。母親の子殺し、などと書かれたら奥方が可哀想だと思ったそうだ」
「……」
 花墨は目を伏せる。
 柊士郎はぶっきらぼうに顎をしゃくった。
「次はそっちだ。バーネット氏から何か聞き出したり、何か掴んでいたりするなら教えろ」

「わかった」
 花墨は悧月を見てから、隣の椅子においていた風呂敷包みをテーブルに置いた。
 しゅる、と結び目を解いて広げる。
 丁寧に畳まれた、ベルベットのショールが現れた。あの夜は暗くてよく見えなかったが、隅に赤い鳥の刺繍がしてある。それ以外はループ状のフリンジがあるだけの、シンプルなデザインだ。
「元大使が、事案の後に華族会館の金庫にしまったショールです。奥方のものよ」
「別館の金庫か! あの金庫、バーネット氏が持ち込んだものだとは知っていたが……そうか、事件直後、憑捜が来るまでの間に隠したか。しかしなぜ」
 柊士郎はぶつぶつ言いながら手を伸ばし、ショールを広げる。そして、いぶかしげに眉根を寄せた。
「……見たことがあるな」
「高価なものだけど、機械織りだし、同じものを持っている人はいるでしょう」
「それはそうかもしれないが……ああ、そうだ、あそこで見たんだ。しかし」
 彼は自分の顎を摘むような仕草をし、何事か考えてから顔を上げる。
「別の憑捜事案の現場に、これと同じものがあった」
「えっ?」
「その事案もやはり、一家の妻が夫と子どもを殺したんだ。妻の持ち物に、これと同じショールがあったのを見た」
「待って。私の母も持っていたのよ、同じのを」

 三人は、それぞれの表情を窺う。
 最初に口を開いたのは、悧月だ。
「一家の妻が家族を殺した三件の事案で、その妻が全員、同じショールを持っていたなら……さすがに偶然とは思えない」
 柊士郎もうなずく。
「ああ。これは、どういったものなんだろう?」
「母様は、頂き物だと言っていたような……ええと……」
 花墨は必死で思い出す。
 包装紙を開いてショールを見た母が、素敵だと喜んでいたような、かすかな記憶。
「誰からもらったのかは思い出せないけど……最初、綺麗な包装紙に包んであったの。緑の地に、赤い鳥の絵が……あっ」
 当時は知らなかったことに思いあたって、その名を口にする。
「日本橋の、高鳥屋たかとりや百貨店の包みだわ」

「!」
 その時、花墨は、悧月と柊士郎が同時に息を呑んだのを感じ取った。

(え、何?)
 サッ、と二人の顔を見比べる。悧月はすぐに何でもないように、花墨を見つめ返した。
「手がかりが次へ繋がったね」
 しかし、柊士郎の方は眉間にしわを寄せて唸る。
「そうか、高鳥屋……。刺繍も赤い鳥だし、明らかに高鳥屋と関係がありそうだが」
「どうかしました? 憑捜の人なら、てっきり、すぐに調べに行くって言うかと思ったわ」
「行きたいのはやまやまだが、俺が行くと少々まずいかもしれない」
 彼は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「うちの局長、辰巳殿は、高鳥一族と親戚なんだ。高鳥家から辰巳家に、婿養子に来た人物なんだよ」
「憑捜の局長が、高鳥屋の……」
「だから、高鳥屋の幹部クラスには、憑捜の班長クラス以上の顔がバレてる。もし百貨店でバッタリ会って変に勘繰られると、ちょっとな。出世競争、意外と陰湿なんだ」
 華族会館で会った時、柊士郎は班長だと名乗っていた。下っ端でもなく幹部でもない、微妙な立場なのかもしれない。

 それを聞いた花墨は、当然のように言う。
「じゃあ私が、というか、私はもちろん行きますよ。婦人服売り場で聞き込みをしたいもの」
 花墨の復讐にかかわる手がかりであり、女性もののショールのことなので、彼女が行くのが自然でもあった。
「仕事があるので、次の休みに行ってきます。そこはちゃんとやらないと、生活できないし」
 するとすぐに、悧月が身を乗り出した。
「僕も行く。わかってるよね? 万が一の時に『約束』を果たすために必要だ」
「……そうですね。わかりました」
 柊士郎は「何だよ、『約束』って」といぶかしげにしつつも、
「その時の様子は必ず知らせろよ。何かわかれば、こっちもそれに繋がる情報を出せるかもしれないからな」
 と注意する。
 悧月は目を細めて微笑んだ。
「憑捜にバレないように動く、いうことは……君個人としては僕らの方と共闘する、ってことでいいかな?」
「こうなったら、仕方ないだろう」
 柊士郎はムスッと腕組みをした。
「ただし、お前らが市民を危険にさらすような動きをしたら、すぐに上に報告するからな!」


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