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理不尽だ、この世のなにかも

私は家庭環境があまりよくなかった。
更に体も対して強くなく、そのせいで嫌な思いをした事もあったし、
ひいては恋愛すら出来ないの三重苦だったりする。

だからいつも隣の芝生が眩しくて仕方がない。
隣の芝生を見る度に
「うわぁ眩しい!!煌びやかすぎる!!なんだこれは!!畜生」
と思っていた。

勿論、みんなそれぞれの孤独を抱えている事は分かっている、分かってるんだけど、
それでも自分の不幸さに酔いしれて苦しいよ〜と言わせてくれてもいいじゃないかと(現に私並の人を話してて見かけたことがなかった)思っていたし、
せめてこんな私に「大事だよ、大好きだよ」と包み込んでくれる人が居れば救われるのにと考えてるいたが、告白されると本気で拒否反応がおこり、まじで吐くという事件を起こしてから、恋愛すらも出来ないのかと察して泣いた事もあった。

そんなこともあって、
どうも、この世は平等ではないと気づいた中学生の頃からひたすらスレて生きて今に至る。

でもさ、思うんだよ。
平等ではない、強いては多分その中でもキツい環境にいる人が平等以上になるには、悔しいけど努力が必要で、その先に己の人生を手に入れられるんじゃないかなって。
ムカつくけど、努力して努力した先に他の人が知らない世界を手にできる。だれも経験した事のない辛さを消化して何かに変えていけるんじゃないかと。

話は逸れるけど、色んな友人と出会って話す度、私の人生には語れるものがないと口を揃えて言うんだけど「貴方のそこも、あそこも凄く魅力的だし、さっきまで語ってた事が貴方だけの素敵な人生なんじゃないの?」っていつも思うんだよね…
自分が人生の主人公ってよく言うけど、話聞いてるとその話で文学描けるよ、凄く物語があって素敵なのに。。って全ての出会った人に思う。

だからさ、自分の不幸を消化して文学にしてやろうかと思って。
あれもそれも全部自分には必要な経験だったんだと、だから今があるんだと「神様のばーか」と中指立てて、やってやろうって思うんだ。

「こんな私が証明です」って色んな人に伝えて行けたらいいなって。

そして傷ついたら傷ついたって思っていいんだよと、本の些細なことを自慢げに思ったっていい。
もっと心は自由だって訴えて行きたい。

今は何が自分に出来るか分からないけど、
私は私の主人公として考え抜いて最後誰かに伝えるんだ。

そしてやっぱり中指を立てていいたい
「神様のばーか」と。

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