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美しき白竹

竹取物語に登場するかぐや姫は、正式には"なよ竹のかぐや姫"といいます。なよ竹とは細くか弱そうな竹のことで、竹から生まれたかぐや姫の姿に因んでつけられたといいます。か弱い様子を「なよなよしている」ともいいますね。

 火鉢の簡単な炙りで、白竹の棒が出来上がった。竹は自然に変色し、青から黄、白へと変わるが、炙って整える白は光沢からして違う。力強さを感じさせる青竹とも違い、白竹には独特の品性があった。
 古びた竹材を使った作業で、よくよく見れば白の中に灰色がかった斑や、くすみなどもあるが、少し離れると気にならぬほどの品ではある。
「ほら、綺麗なものだろう」
 甚六は白竹の棒を女子にかざして見せた。女子は口を丸く開け、見惚れていた。
「あげるよ。餞別になるか知らんが」

小説咲夜姫/山口歌糸

小説咲夜姫では、なよ竹ならぬ白竹(しらたけ)をひとつのモチーフにしています。白竹とは元々から白い竹ではなく、炙って白くした竹のことです。

竹細工には、採れたままの青い(緑色の)竹を加工する青竹細工と、白竹細工があります。青竹に含まれる油分を抜く意味もあるので、炙りの作業を「油抜き」と呼びます。

今でも古い家屋などに竹垣など見かけると思いますが、どれも皆、白竹になっています。青竹は短期間でどのみち白くはなるのです。ただ保管に適しているなどの理由で、予め白くしておく物も多いと聞きました。

白竹をモチーフにした理由はふたつあり、ひとつは「竹取の男を主役として際立たせたかったから」です。

竹取物語では冒頭以外に竹のことは一切書かれず、それは少しだけもったいなくもあり、せっかくなら竹に因んだ物語にする方が面白いだろうと思ったまでです。

竹取物語に竹が全然出てこない理由としてよくいわれるのは、竹というのは神事や仏事に使われる特別なものではあるものの、竹を採ったり細工する職人はあまり偉い位ではないといわれたからです。竹取のお爺さんは元々偉い人ではなかったですが、かぐや姫に会った後に竹林で金を度々拾って出世しました。

もうひとつは「美しい女性の様と白竹が重なるから」です。

昔から、肌の白い女性や、手足の長い女性は美しいとされてきました。今の感覚でも大体がそうです。かぐや姫も肌の白い美女と書かれますし、木花之佐久夜毘売に関しては身長がすらりと高い(※伊豆の方に消えていった姉の磐長姫を心配して、背伸びをしながらいつも眺めたので脚が長くなった)なんていう解釈もあります。

「では、俺の方で勝手に呼び名をつけても良いか」
 女子が頷いたので、甚六は面食らった。
しばし、考えた。またあごに手を当てて、今朝は剃らなかった無精髭を何度も撫でた。
「では、お竹で良いか」
 言いながら甚六は鼻から息を漏らして笑ったが、女子はこくりと頷いた。
「良いわけがないだろう。冗談だ」
 その名は珍しくはないが、色白なこの子には似合わない。
「白竹にするか、名前を」
 それも女子は頷いて肯定した。ははあ、と甚六は察した。
「さては、どうでも良いと思っているな。呼ぶ身にもなってみろ」

小説咲夜姫/山口歌糸

「甚六さんは何と呼んでいらしたの、今日のこれまで」
 甚六が教える前に、
「さきよ」
 咲代が自ら大きな声で名乗った。
「あら、良い名前ねえ」
「甚六さんにつけてもらったのかい」
 義弟の問いかけに、咲代は何度も頷いた。
「本当は」
 甚六は声が上擦って一度、咳払いをした。
「本当は、お竹が良いらしい。だけど止めておいた」
「お竹っていう感じじゃないですねえ」
 妹も甚六と同じ意見で難しい顔をした。当の咲代は、こくりと頷くと、冷たい目で甚六を見た。
「竹屋の拾い児でお竹じゃあ、飛んだ笑い者だからな」
 甚六は吐き捨てるように言った。

小説咲夜姫/山口歌糸

そうして何かと竹に因んだ描写の多い小説と成りました。竹取の甚六さんは、物語の中でたびたび物事や人を竹に例えます。彼は竹に関する知識と技術以外に取り柄を持たず、二言目には「竹で言うなら〜…」という生粋の職人です。だから幼い姿の咲代さんと出会った時から「白竹のような娘だ」という印象を持ち続け、早く成長した様を「まるで若竹だ」と感じ取り、咲代さんが白湯を飲む姿を見て「竹が地から水を吸うようだ」とまで思っています。正直しつこいくらいです。

因みに小説咲夜姫は、古事記の木花開耶姫をかぐや姫に見立てた話としてこの題名にしましたが、当初は候補として「白竹姫」「白竹物語」「竹ノ花ノ物語」などもありました。