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日々の雑感② -BOX 袴田事件 命とはーを見て

はじめに

 先日2月4日、私は久しぶりに袴田事件の冤罪被害者である袴田巌さんの支援活動を行う「無実の死刑囚・袴田巌さんを救う会」(以下「救う会」)によって催された高橋伴明監督映画「BOX 袴田事件 命とは」(※1)を見に、東京都東久留米市の「成美教育文化会館」に足を運んだ。

 昔は救う会の公開学習会に自分の時間が許す範囲で頻繁に足を運んでいた。しかし、多忙や私生活上の都合、また袴田巌さん自身が2014年3月27日に静岡地裁における第2次再審請求における再審決定及び死刑および拘留執行停止という決定によって拘置所から出られたこと(※2)などから気が緩み、だんだんと足が遠のいてしまった。冤罪事件の被害者に対する支援活動に対して自分の都合で動くのは、冤罪被害者やその家族にしてみればものすごく失礼なのではないか、自分のできる範囲で継続して支援していくべきではなかったのか、そんな罪悪感が心の片隅にあった。

 会場では、支援活動の中心を担っている門間幸枝さんをはじめ多くの支援者の方々が精力的に活動をしていた。映画上映の前に司会役の門間さんが杖を突きながら壇上に上がった。以前お会いしたときは杖を突いていなかったため、門間さんもお年を召したなと感じた。しかし、杖を突きながらも門間さんは袴田事件における問題点を一生懸命力説し、そうした状況を放置し続ける日本の司法、権力の在り方を厳しく批判した。信念を持って冤罪事件の被害者を支援するということはこういうことなのだろうということを改めて感じさせられた。

映画について(ネタバレ含む)

 「BOX 袴田事件 命とは」は、袴田事件をテーマにした映画ではあるが、焦点は袴田さんではなく、一審で主任判事として裁判に携わった熊本典道裁判官を主人公にしている。私も支援活動の端くれとして、熊本裁判官が袴田事件において様々な点で冤罪の可能性を疑っていたことは知っていた。朝から深夜までの長時間に渡る警察、検察による脅迫的かつ暴力的な取り調べによって出された自白で有罪に持っていこうとする検察の姿勢、自白のアリバイとして警察、検察による物的証拠が後出しの形で提出されたこと、など(※3)を熊本裁判官は指摘する。

 しかし、他の二人の裁判官は検察の出した証拠を問題視するなどあり得ないとし、熊本裁判官は凶悪犯罪を犯した(と決めつけている)被告である袴田さんに肩入れしているのではという反応をする。ここら辺は映画の演出ではあるが、他の裁判官が最初から検察官の姿勢に無批判であり、袴田さんに偏見を持った態度であった点はほぼ間違いないだろう。

 熊本裁判官は無罪と主張するもほかの二人の裁判官が有罪であるとしたため袴田さんに有罪判決を下すこととなり、熊本裁判官は主任判事であるとして、死刑判決文を書くことを余儀なくされる。熊本裁判官は判決文で脅迫的かつ暴力的な取り調べ、物証の曖昧さに言及することで検察、警察の取り調べにおける問題点を指摘したが、それでも無罪の人間に死刑判決を出したことを悔やみ、裁判官を辞することとなった。

 その後、実際の熊本元裁判官は荒れた生活を送ることとなるのだが(※4)、映画ではそうした部分は描かれていない。また、映画では無罪を信じて物証を確かめようと奔走した熊本元裁判官のシーンが描かれているが、これも現実の熊本元裁判官とは異なる。ただ、このシーンは熊本元裁判官の袴田さんを救いたいという心理を描写したものではないかと私は考える。映画が、熊本元裁判官の心理を強調していることは、東京高裁、最高裁で控訴が棄却された際に、熊本元裁判官が動揺して怒り狂うシーンからうかがい知ることができる。こちらは事実であり、むしろ映画の核心であろう。

映画とその後

 映画は2010年の封切りで、袴田さんが死刑・拘留執行が停止される2014年よりも前の作品である。そのため、最後は熊本元裁判官が字幕により袴田さんに死刑判決を書いた経緯及び再審請求を支援しているというところで話は終わっている。

 晩年、熊本元裁判官は体調を崩し入院生活に入るのだが、2018年に拘留執行が停止された袴田巌さんと姉の秀子さんと面会をした。(※5)面会があったことを第三者である私たちは情緒的によかったと感じてしまいがちであるが、そもそもこうした面会は冤罪が起きなければなかったのだということを忘れてはなるまい。

 熊本元裁判官は2020年11月11日に83歳で亡くなるのだが、その数日前には袴田秀子さんが見舞いに訪れたという。(※6)袴田巌さん、秀子さんも冤罪の被害者であるが、熊本元裁判官も冤罪を裁判官として強いられ、そのために一生を苦しんだという意味では被害者であった。

 私は先日刑務官が死刑執行に携わることの重みに関する記事を書いたが、(※7)熊本元裁判官を通して死刑判決を下す裁判官にも重みがあることを感じさせられた。元最高裁裁判官で学者の団藤重光は自身が関わった死刑判決の際、傍聴席から人殺しという声があったことに疑念を抱き、以後死刑廃止を主張するようになったという。(※8)人を法によって裁く立場にある者の重みを理解できた熊本元裁判官の姿と団藤重光の態度に、多くの司法関係者はどう感じるのか、と思うのは門外漢である情緒論でしかないのだろうか。

袴田さん支援について

 袴田さんの無罪のための支援活動が現在も行われています。支援をしていただける方は、下記のHPに詳細が書かれておりますので、ご協力のほどお願い申し上げます。

ご支援のお願い - 無実の死刑囚・袴田巌さんを救う会 (hakamada-sukukai.jp)

おしらせ

 次回の投稿は都合により、2月26日の日曜日12時から16時の間とさせていただきます。ご了承下さい。

追記

 今週土曜日の用事が中止となったため、次回は通常通りの投稿となりました。よろしくお願いします。(2023年2月22日追記)

私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

(※1)
袴田巌さんを救う会 公開学習会等のご案内 - 無実の死刑囚・袴田巌さんを救う会 (hakamada-sukukai.jp)

(※2)

日本弁護士連合会:袴田事件 (nichibenren.or.jp)

(※3) 袴田事件における物証の問題については(※2)を、警察による脅迫的かつ暴力的な取り調べの背景については下記を参照のこと。なお、静岡県警のみならず、日本の警察は全体として被疑者に対する人権を軽視しており、福岡事件、免田事件、財田川事件、狭山事件、足利事件、菊池事件、飯塚事件など静岡県警以外の冤罪事件も多い。

二俣事件の真犯人に迫る『蚕の王』、著者・安東能明さんが語る「冤罪」生んだ捜査の問題点 - 弁護士ドットコム (bengo4.com)

安東能明 静岡県で冤罪事件が多発したのはなぜか。その背景にいた『昭和の拷問王』の正体に迫る|文化|中央公論.jp (chuokoron.jp)

【ネット初掲載】鎌田慧の痛憤の現場を歩く「冤罪・袴田事件(上)」 | 週刊金曜日オンライン (kinyobi.co.jp)

(※4) 詳細は以下の本を参照のこと

Amazon.co.jp: 袴田事件を裁いた男 無罪を確信しながら死刑判決文を書いた元判事の転落と再生の四十六年 (朝日文庫) : 尾形誠規: Japanese Books

(※5)

袴田巖さん、自らに死刑判決出した元裁判官と50年ぶりに対面 | マイナビニュース (mynavi.jp)

(※6)

袴田事件で「無罪を主張した」裁判官、熊本典道さんが逝去 – 刑事弁護オアシス (keiben-oasis.com)

(※7)

葉梨前法務大臣の発言に思う|宴は終わったが|note

(※8)

著名人メッセージ:団藤重光さん(東京大学名誉教授、元最高裁判所判事) : アムネスティ日本 AMNESTY


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