内乱の荒城

序章

戦火の鎮まった初夜は平和な日々のそれよりもさらに寡黙だ。皇歴379年初めから7か月間続いていた革命戦争は、市民側の一方的な休戦宣告で儚げな静けさを取り戻していた。しかし休戦という言葉には、近いうちに攻撃を再開するという意図が含まれている。争いの魔物はすぐに目を覚ますだろう。内乱が勃発してから常に最前線で指揮を取っており、しばらく眠れない日が続いた。唐突の休意に身を任せる方が難儀だ。喉から手が出るほど欲していた休息日ではあったが、眠れないのならベッドに張り付いているほうが倦怠である。仕方なく燭台を片手に深夜の城内をふらふらとさまようことにした。寝室の軋む重い扉を開けると、初冬の寒さが老体に応えた。「王位を譲る時が近いか」つぶやいた声は廊下の静寂に飲み込まれてしまった。壁に掛けられた歴代皇帝の42におよぶ肖像画のうち、一つくらいは返事をしてくれるのではないか。そう思って耳をすますと、ふと突き当りを曲がった先から扉の軋む音が聞こえてきた。そこには嫡男の寝室と、未だ混沌に包まれたままの城下町を望む窓が一つあるのみである。
「君も眠れぬか。」
ふと、若いながら前線で共に指揮をとってきた実子を想った。皇帝の血筋には、正室、側室を含め男児は一人しか生まれない。昔からそうと決まっているのだ。彼の名はルシファー。明けの明星という意味があるが、一方で堕天前の天使につけられた曰く付きの名でもあった。日常生活、特に女がらみの問題において非常にだらしない彼は、後者の意味が強いかもしれない。「甘やかしすぎたか。」そうつぶやいた時、突然奇妙に扉が軋み、ガラスの割れる音が廊下に響いた。それはまさに嫡男の寝室で起きたようだった。皇帝は普段の数倍の速さで脈打つ胸に苦しみながら王子の寝室へ向かった。そこでは扉がわずかに開けられており、床にはべっとりと赤い血痕が部屋から廊下へと続いていた。寒気の流れ込む方を見やると、窓ガラスは無造作に割られていた。まるで寒気が城内を徐々に凍らせているようだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?