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2021年5月の記事一覧
兎がほざく🐇その84
服装は表現。
ある服装を着ることで、その服装の表す役に変身する。
コスプレではそのキャラに変身する。
その人の話す言葉と同じように、その人が今どういう人かを表す。
文法のように通用のルールがある。
服装は文字の一種なのかな?
兎がほざく🐇その83
睡眠中に見る夢。
ぼくは毎朝、思い出せる夢をノートに記録する。
動機は、文の練習が半分、心を知りたいのが半分。
時々読み返すと、気付くものがたまにある。
忘れてしまった夢のことは気になる。
ものを書くのは、見た夢を書き出すのに似ていると思う。
兎がほざく🐇その82
言葉は、記録されることで、その人の心を読み解く手掛かりとなる。
話し言葉を聞くのとはまた違って、読み返したりできる。
東洋では、文は人なり、という。
言葉を飾っても、粉飾し通すことはできないと思う。
ぼくも投稿、一つ一つに自分を晒しています。
兎がほざく🐇その81
偶然と確率。
事実は、起きるか、起きないのかのどちらか。
確率の計算はできるとして、その通りに、なるか、ならないかの、どちらか。
多分、ギャンブルをする人は、確率よりも運を信じるのだろう。
確率とデジタルと。今日も混乱しながら、統計関数を操作する。
兎がほざく🐇その80
人の集団、必ず内外に争いがあり、それを治める政治がある。
でも、集団を越えて、人は友達になれる。
一緒に遊ぶと友達になれる。
それがオリンピックの人類にとっての意味だ。
真剣な競技がプロスポーツ以上に心に訴えるのは、人類としての共感があるからだ。
兎がほざく🐇その78
現実。
こんな仮説が思い浮かんだ。
現実は、自分の外にあるのではなくて、自分の一部だ。
思い通りにならない現実。
それを含めて自分がある。
思い通りにならないのは心だって同じだ。
あなたと私はそんな現実を共有する。
あなたは私の、私はあなたの、現実。
兎がほざく🐇番外 スポーツのために
私は学生時代、「スポーツは勝つことを目的とするべきか」という題の大学対抗のディベートでチームメンバーとして優勝したことがあります。
その時は、くじで肯定側を引きました。
スポーツは人間に不可欠な「遊び」の一つで、ルールに則って勝負を競うもの、本気の勝負であって初めて遊びとして成り立つ、という立論をしました。
スポーツは、あらゆる文化活動と同様、人間に不可欠の「遊び」です。
「遊び」は人間の生活
兎がほざく🐇その77
イエスは歴史上最もいい男の一人だ。釈迦といい勝負。
愛以外に何も持っていない、住所不定、無職、たぶん痩せたイケメン。
彼に惚れれば、それだけでいいと思う。
教義は絵画の解説みたいなもの。
釈迦に惚れ、イエスに惚れる。
そのほかのことは付け足りではないか?
兎がほざく🐇その76
ぼくはお酒が飲めない。
体育会系のノリの会社に勤めている。
仲間の外。
アウェイっていうらしいね。
だからこそわかることもあるよ。
仲間内で仲間でない人のことを普段話しているように世間で話して、差別的失言となる。
本人は悪かったとも思わず、世間の反応に驚く。
兎がほざく🐇その74
書店のご商売は、デジタル化の中でたいへんらしい。
店員さんが本を分類し、レイアウトを工夫する。
それは本という情報の編集で、書店は情報館だ。
よい編集の書店には、街の人々が足を運ぶ。
世の中は情報の洪水。
店員さんの選択眼は頼りになる。
兎がほざく🐇その73
言葉は、世界の一部を切り取る。
その一部以外を排除して区別する。
言葉から排除を引き算すると、何が残るか?
語る人の意志?
言語自体の構造?
意味?意味って、何?
何も残らない?
ぼくはこんなこともわからず、今この時も、言葉を語る。
語る?語らされている?
兎がほざく🐇その72
肘は外には曲がらない。
「この世は幻」「心の持ち方次第で何でも可能」といった話を聞くと、この言葉を思い出す。
この世にも、この心にも、自ずと法則があるのだ。
法則は、なしにはできない。たとえ超人にもできない。
これこそ真実の名言だと思う。