【体験録】法に照らされる -2月編/14-
翌日、やはり外面を取り繕った私は幾日かぶりの弁護士事務所前に立っていた。まだ朝の日差しが残る良い晴天の日、昼に差し掛かろうとする時刻である。
前回は特に問題なく中へ入れたのだが、今回はシャッターが下りていて入れない。そういう話は無かったと思うが……。と思いつつ電話をすべくスマートフォンを。
メールが来ていた。
『土日はシャッターが下りてますので、事務所前までいらっしゃったら電話をください』
Oh.
弁護士事務所って土日は閉まってるのか。この事務所だけなのか、それとも今回だけなのか。飲食やアミューズメントのような客商売というわけではないしな。
私は弁護士に電話した。
『お待ちしてました。いま、そちらに向かいますのでお待ちください』
待つこと数分。
「あ、こっちです」
見慣れぬ人が声を掛けてきた。どちら様だ、人違いか? と思ったのは一瞬。
弁護士は私服姿だった。スーツ姿の弁護士しか見たことがなかった私は識別できなかっただけだった。いつもはスーツなのに土日は私服。もしかして、というまでもなく。
シャッターが下りた事務所。普通の人なら、閉まっていると判断して通り過ぎる。私服姿の弁護士。この日この時間のために来てくださったのだと思った。本来ならこの日は休日なのだろう。
もしかしたらそんなに時間もかからないから、終わったらすぐに休日を楽しむ方向へ移行するのかもしれない。
弁護士の後ろについて歩き、案内されながらそんなことを思った。
事務所内はもちろん無人の空間であった。前回来た時も生活感がなかったが、今はそれに増して人のいない人工物の静けさに外の明るさが窓を照らしている。ブラインドの白が誰に見せるでもなく眩しく反射していた。
「では早速、と言いたいところなのですが」
我々が使う部屋にだけ暖房を入れてくださった。寒くはないが、座りっぱなしだと冷え込むだろう。書類を手にやって来た弁護士に向き合うように座ったとき、弁護士は言いかけた言葉にちょっと逡巡してから続けた。
「今日は、自転車でいらしたのですか……?」
ご心配ありがとうございます。
「いえ、電車で来ました」
「あ、そうですか。良かった」
帰るときはここから全徒歩で帰ります。
……とは言わないでおこう。行きだけ電車を使ったのは時間に遅れないようにするためだ。片道四時間以内で帰宅時間が十八時を過ぎないなら、私は徒歩か自転車移動を選ぶ。
「では本題に入ります。自己破産の申し立てが正式に『法テラス』に受理されました。こちらがその資料です」
ずい、と弁護士は資料をひとまとめにしたクリアファイルを差し出した。
この『法テラス』というものが今までに言っていた『大きな機関』である。言ってみれば法に詳しくない国民を法で支える、助けるための機関と思って頂ければよい。名前だけは聞いたことがあるのではないだろうか。
「今後は三者契約という形で進みます。改めてこの事務所に来ていただいたのは、その契約について正しく理解し、結んでいただくためです」
今までは弁護士と私だけのやり取りであったが、ここに『法テラス』が加わったということだ。それぞれはそれぞれと契約を結び、これを違えないようにしましょうね。という話である。
基本的には私が状況証拠となる取引履歴や通帳、印鑑、必要になれば住民票などを提出し、弁護士に確認してもらい、それをもって『法テラス』が判断し、といった流れになる。これに際し、例えば私が別の弁護士に同じ内容を相談したり弁護士の交代を求めることは出来ない。また、弁護士も勝手にこの話から降りることは出来ないし、同じ事務所内の弁護士に引き継いでもらうことも出来ない。
つまりはこの件に関わった以上は各々が勝手な行動をするな、というのが基本的な認識である。至極当然ではあるが。
この契約が有効であるうちは、私が支払うべき弁護士費用も『法テラス』が負担してくれる。もちろん無料でということはないが、私は事前に生活保護を受けているという証明になるものを弁護士に郵送しているため、支払い猶予を設けて頂いた。月々五千円から二万円の間で無理のない返済予定を組み、それを滞りなく完了する義務が生まれる。
……よもやこんなことになろうとは、いったい想定できただろうか。私はそんなことを思いながら契約内容を読み、説明を受け質問して確認しながら思った。
契約書に署名。そして印鑑を押す。自己破産の申し立ては私の見えないところで一つ、重要なステップに進んでいたのだ。
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