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東大日本史の理論Ⅰ

お久しぶりです。

今回は、かねてから予告していた「東大日本史の方法論」についての記事を書きます。いくつかに分けての投稿となります。

はじめに

まずは初歩の初歩から。

「東大入試の日本史」というとどのようなイメージを抱くでしょうか。おそらく世間のほとんどの人はこう考えるでしょう。

東大なんだから、普通の人は絶対知らないような難しい単語や細かいことを聞いてくるんじゃないの?やっぱり東大生ともなると記憶力が違うんだろう。

たしかに、今の「地歴公民」という科目のイメージといえば「暗記するだけの科目で苦痛」、「単語を詰め込むだけで、何の役に立つかわからない」であることは否定できません。
しかし、東大の日本史というのはそうしたイメージとは真逆のものです。

ここから直近3年間の入試問題を見てみてください。

どうでしょうか。この問題は、解く際に教科書を見ることを許されたとしても容易に解答できる問題ではありません。ではこれにどうやって解答すればいいのでしょうか。もしかして内容が大学レベルだから受験生には到底無理?

いいえ、そんなことはありません。確かに東大の日本史という科目は普通の論述問題とは違います。普通受験生がイメージする日本史の論述問題というのは、筑波大学や京都大学のような、「〜について説明せよ」という問題文だけが置かれて自分の知識を整理して論述する問題です。ここでは自分の知識のみが頼りです。しかし、東大日本史は上に示したように、

与えられた文章や資料をもとに、自分が学んできた時代背景や、その時代の人々の行動論理と照らし合わせて、今まで聞いたことも考えたこともないようなテーマに解答する

という特徴を持ちます。これにより、教科書を用いた歴史の理解に加え、それを暗記ではなくきちんと理解していたかということ、そして提示された資料に俊敏に反応し問題の要求に正面から応えるための論理的思考力をも測ることが可能になります。これは、

自らの興味・関心を生かして幅広く学び,その過程で見出されるに違いない諸問題を関連づける広い視野,あるいは自らの問題意識を掘り下げて追究するための深い洞察力を真剣に獲得しようとする人を東京大学は歓迎します。(「期待する学生像」『東京大学アドミッションポリシー』)
知識を詰めこむことよりも,持っている知識を関連づけて解を導く能力の高さを重視します。(「入学試験の基本方針」『東京大学アドミッションポリシー』)

という、東京大学全体の姿勢とも共通するものです。

さて、東大日本史は普通の論述とは異なるということと、その特徴をざっと理解したところで本編に進みましょう。

形式

まず、現在の東大日本史の形式を知っておきましょう。東大日本史は2002年の例外を最後に大問4題構成で、第1問古代、第2問中世、第3問近世、第4問近現代という構成を基本としています。

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形式面では、第1問〜第3問は資料文利用型の問題、第4問は毛色が違い、グラフや表を利用したり史料が数点置かれている問題です(もちろん両方とも例外はあります)。

直近10年の字数は以下の通りです。東大の解答用紙は年度を通して共通で、30字×20~22行の解答欄が4つあるだけです。問題文中では「〜行以内で述べなさい」のように、字数ではなく行が単位として用いられます。

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※「小問A/小問B/小問C(大問全体の字数)」と表記

正しいイメージ

「はじめに」においてアドミッションポリシーを引きました。大学入試問題は、受験生の力を問いたいという思いをもって作られています。ですから、その「求められている力」を正しく認識さえすれば、的外れなことにならなくて済むということになります。しかし、上のアドミッションポリシーだけではさすがにイメージしにくいと思いますので、正しいイメージを助けるような記述をいくつか引用していきたいと思います。

歴史的思考力が獲得できたかどうか、どうしたら確認できるのでしょうか。
それには、事象と事象の因果関係を結びつける際の解釈の妥当性を一つひとつ確認 しなければなりません。確認するには、論述させて、頭のなかの考察の過程の巧みさ、正しさ、妥当性を見る必要が出てくるのです。たとえば、教師の立場からすれば、一七七六年のアメリカの独立宣言と、一七八九年のフランス革命の因果関係を問いたいときに、この二つの歴史事象について、いくつかの史料を用いて、その因果関係を論述させる問題を本当は出したい。けれども、限られた時間で多くの受験生の答案を採点するとなれば、こうした問題を大学の共通テストでは出せない。ということで、結局「以下の五つの出来事を順番に並べよ」という問題の形式にして、アメリカの独立宣言とフランス革命の起こった順序を答えさせることになる。この場合、因果関係についての妥当な考察ができていなくても、アメリカの独立宣言は一七七六年、フランス革命は一七八九年、と暗記さえしていれば、解答に到達できてしまいます。(加藤陽子「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」新潮文庫、2016年、pp30-31)

太字にした、「本当は出したい」という問題が東大の入試問題の特徴を描写していますね。加藤陽子先生は、学術会議任命拒否問題で話題になっている東大文学部の先生です。

問題はいずれも、①日本史に関する基礎的な歴史的事象を、個々に暗記するだけでなく、互いに関連づける分析的思考を経た知識として習得しているか、②設問に即して、習得してきた知識と、設問で与えられた情報を関連付けて分析的に考察することができるか、③考察の結果を、設問への解答として、論理的な文章によって表現することができるか、を問うています。歴史的な諸事象が、なぜ、どのように起こったのか、相互にどのような関係や影響があったのか。それを自ら考えつつ学んできた深さを測ろうとしています。(東京大学「『地理歴史(日本史)』の出題の意図」2020年)

全文と、他の科目はここから見ることができます。必ず目を通しておきましょう。

これは2020年度(今年)のものですが、「解答等の公表」は昨年から始まっています。そして、2019年度の「出題の意図」と今年のそれを比べると、少し見えてくるものがあります。

問題はいずれも、①日本史に関する基礎的な知識を、暗記だけではなく理解して習得しているか、②設問に即して、習得してきた知識と、設問で与えられた情報を関連付けて考察することができるか、③考察の結果を、設問への解答として論理的に文章で表現することができているか、を問うものになっています。歴史的事象について、なぜ、どのように起こったのか、相互にどのような関係や影響があったのか、常に自ら考えて学んできたかを測るものです。(東京大学「『地理歴史(日本史)』の出題の意図」2019年)

助詞や句読点といったマイナーチェンジは置いておいて、2020年度になって追加された記述は下の太字の部分です。

問題はいずれも、①日本史に関する基礎的な歴史的事象を、個々に暗記するだけでなく、互いに関連づける分析的思考を経た知識として習得しているか、②設問に即して、習得してきた知識と、設問で与えられた情報を関連付けて分析的に考察することができるか、③考察の結果を、設問への解答として、論理的な文章によって表現することができるか、を問うています。歴史的な諸事象が、なぜ、どのように起こったのか、相互にどのような関係や影響があったのか。それを自ら考えつつ学んできた深さを測ろうとしています。(東京大学「『地理歴史(日本史)』の出題の意図」2020年)

今年から追加された記述を見ると、より立体感が増していないでしょうか。

さて、次回からはより具体的な話をしたいと思います。

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