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魔法使いナンジャモンジャと空飛ぶバイオリン 5/7

5.北ポルトガルの大魔法使い

 さいしょは多少揺れたソファも、やがて飛び方が安定し、まもなくみんなはストラスブールの街をあとに、眼下にはパッチワークの田園風景が広がった。
「うわーっ、いい眺め!」
「ちょっとインスタライブやろっかな」
さいしょの心配もどこやら、うきうきとテンション高いユマとリオナ。
二人とは反対に、高所恐怖症のブラウンさんは真っ青な顔で、息も絶え絶え。
「こんなの聞いていなかったぞ! こっちは、高層ビルでさえ苦手だというのに…しかもシートベルトもなしだなんて、全く世も末だ!…」
ソファのひじ掛けにしがみつき、口の中でぶつぶつ言っている。

しばらくして、GPSで位置情報を見ていたリオナが叫んだ。
「あ、あたしたち、もうスペインに入ってるんだわ!」
「国境、分からなかったね」
「そういえば、小学校のとき、地理の本に国境が赤い線で引いてあったじゃん。私、空の上から見たら、ほんとに赤い線が引いてあるの見えると思ってた!」
「アッハハ! でも私も同じような感じ。天文図鑑で、星座の星と星の間に線が引いてあるじゃん。あれ、ほんとに空に線が引いてあると思ってた! うちの町からだと見えないけど、高い山の上とか、空気の綺麗なところに行けば見えると思ってた!」
「アハハ! それもすごいわ」

そのうちスペインも過ぎ、やがてポルトガルの海岸線に差し掛かると、傾いた午後の陽にきらきらと眩しい海、くっきりとリアルな地図を見降ろしているよう。
「さて、もうすぐだぞ!」
先頭切って飛び続けていたシーラさんが言った。
「テルモピュロイ師は、カステラ岬のいちばん突端、海にせり出した巨大な岩山の上に立つ城館に住んでいるらしい。それらしいものがないか、気をつけて見ていて」
やがて、ほぼみんなが同時に叫んだ。
「ねえ、あれじゃない?」
「あれだ!」
異様に盛り上がった岩山のてっぺんに、豆粒のような石の建物が見える。
「よし、いいかい、ではだんだんに高度を落としていって、ぴったりあの山のてっぺんに着陸するよ」
シーラさんの掃除機に続き、ルンバと3人の乗るソファも雲を切って降下していく。
ぐんぐんと地上が近づいてきて、岩山や城館のようすも細部まではっきり見えてきた。
「では、いくぞ、着陸!」
ところが、その瞬間! バン!!とものすごい衝撃がきた。目に見えない強烈な何かに跳ね返されて、みんなは空中に投げ出されたのだ。
「うわーっ!!」
3人は必死にソファにしがみついた。
黒猫はルンバから吹っ飛ばされてしまったが、さすがは猫、くるんと宙返りしてまたルンバの上へ、優雅に着地した。
「まずい、結界だ!」
シーラさんが叫んだ。
「えっ、何?!」
「結界が張られているのに気がつかなかった。ごめん… ひとまず地上に降りよう」
「何それ…」
みんなは命からがら、何とか浜辺へ着陸した。
「ふーっ! 死ぬかと思ったー!」
「ごめんごめん、ほんとにすまなかった。ボクも本物の結界って初めて見たんで… 不審者や見ず知らずのものが、勝手に空から入ってくるなということか」
シーラさんは頭上にそびえる岩山を見上げた。
「さて、これは自分の足で登っていくしかないやつだな」

そこでみんなは、ろくに道もついていない険しい岩山を、ふうふうあえぎながら登っていくことになった。
「何ー?! こんなの聞いてなーい!」
「私サンダルなんだけど…」
ユマとリオナはブーブー文句を言いながら。
ブラウンさんだけはようやく地に足がついて、生きた心地がしてきたようす。
掃除機とルンバとおんぼろソファは再び空中に浮かびながら、みんなのあとからついてきた。ただ猫だけは、すましてルンバに乗ったままだ。
「ちょっとー。猫はいいの?」
シーラさんは後ろを振り向いた。
「…猫はいいらしい」
「何でよ、不公平ね」

ようやくてっぺんにたどり着くと、お屋敷はぐるりと背の高い柵に囲まれ、どっしりとした鉄の門には、ライオンの頭やら、複雑なアラベスクやらの彫刻が施されていた。
そこにいくつも注意書きが出ている。

「空、飛んでくるべからず」
「セールスお断り・チラシ投函お断り」
「ドラゴンに注意」…

「ドラゴンがいるんかい…」
そっと押してみるが、当然のようにびくともしない。
「門番とかいないのかな?」とリオナ。
「インターフォンとかないのかな?」とユマ。
と、右側の取っ手の上のライオンの彫刻がいきなり口をきいた。
「何かご用ですか?」
「ひっ!」
ブラウンさんはびっくりして後ろに尻もちをついた。
すかさずユマとリオナが話し出す。
「私たち、ぜひともテルモピュロイさんにお会いしたいんです!」
「とっても困っているんです! 魔法使いナンジャモンジャに厄介な魔法をかけられてしまって、師匠のテルモピュロイさんなら何とかしていただけるのではと!」
すると今度は左側の取っ手の上のライオンが少し首を傾げて考えたのち、
「まあいいでしょう。どうぞお入りなさい」
そして鉄の門はギギイと音を立てて開いた。


お屋敷に近づくと、そこの扉も開いた。次々と目の前に開いていく扉たちに案内されながら進んでいくと、いちばん奥の暗い部屋にたどり着いた。ランプの光で何やら書きものをしている、この人がテルモピュロイ師に違いない。傍らには黒いトゲトゲしたドラゴンがうずくまっていて、黄色く光る目で一行をじろりと見上げた。
「ひっ、ドラゴンいたー!」
ブラウンさんは蒼白になってみんなの後ろに隠れた。
「何の用かね?」
テルモピュロイ師は眼鏡を押し上げて尋ねた。
「あー、こんにちは! 突然お邪魔してすみません」
そこでみんなはかくかくしかじか、口々に説明する。
「ナンジャモンジャ? いったい、どこのどいつじゃ」
「あなたがアブラカダブラ魔法大学校でかつて教えたでしょう!」
「だが、何百人も卒業生がおるでな。ええと、ええと… ああ、あいつか! 思い出したぞ!」
テルモピュロイ師は眉間にしわを寄せ、露骨にイヤな顔をした。
「ふん! あいつは破門じゃ、弟子でも何でもないわ。
たしかに優秀なやつで、才能もある。だが、短気で怠けものだ。授業はサボるわ、戒律は破るわ、空き缶は道に投げ捨てるわ…。傍若無人にも程がある。あんなのは魔法使いの風上にも置けん」
「何とか、このバイオリンにかけられた魔法を解いていただけないでしょうか」
「この種の魔法は、とても強力だ。本人にしか解けないだろう」
「だけど、本人は魔法なんかかけていないって…」
「だったら無理だな。諦めるしかない」
「そんなー!」
「いずれにせよ、ワシは誰に対しても手を抜かず、きっちりと責任をもって指導したぞ。これ以上、卒業生のしでかした不始末まで責任は負えん。だいいち、ワシはもう退官した身だ。
さて、ワシはそろそろ出かけるから帰れ。これから12年に一度のサバトへ行かなくてはならん」
テルモピュロイ師は書きものをしていた机から立ち上がると、壁にかかった、曇った鏡に向かってちょっと帽子を直した。
「では出掛けるぞ」
そう言って彼は部屋を出ていった。ドラゴンが後に続いた。
「そんな… せめて、何かヒントをいただけませんか?」
廊下を追いかけながら、ユマとリオナは必死に食い下がった。
「しつこいな、無理なものは無理なんだ。これから赤道直下ギアナまで行かなくてはならないんだ」
「えっ、何でわざわざ赤道直下…」
「サバトってそういうところでやるものだったっけ…?」
「毎回持ち回りなんだ。今回はギアナに移住した元同僚のところでやるんだ」
「ズームでよくない?」
ユマが口の中でぶつぶつ言った。
「さあ、お前たちさっさと帰れ。さもないと、ワシといっしょにギアナまで行くはめになるぞ」
「えっ」
テルモピュロイ師は屋敷の外へ出ると、岩山のてっぺんから沖の彼方へ広がる海を見渡し、朗々と呪文を唱えた。

「サバート、アジート、テンプラート!
 サバッサバーノ・サバノミッソーニ!」

すると突然、足元の岩山がぐらぐらと揺れ動きはじめた。みんなは立っていられなくなってその場に座り込んだ。
と、ズゴーンという深い轟きとともに山が動き出したのだ。
「えっ、ちょっと待って!」
「山ごと行くの、これ?!」
「まずいぞ、みんなっ!」シーラさんが叫んだ。
「ソファに飛び乗れっ!」
みんなは間一髪でそれぞれの乗り物に飛び乗ると、ふわりと浮き上がった。
岩山はぶるんと大きく武者震い、しっぽが跳ね上がって盛大なしぶきをぶち上げ、おかげでみんなはすっかりずぶ濡れに。何と、これまで岩山だと思っていたのは巨大なクジラだったのだ。
魔法使いとドラゴンとお屋敷を乗せ、クジラは海の上を波立てて猛烈なスピードで進み始めた。ユマたちを空中に残したまま、ぐんぐん遠ざかっていく。と思うと、みるまに沖の彼方へ見えなくなった。
みんなはあっけに取られて見送った。

つづく→


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