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YMNS

 地球は死のうとしていた。温暖化から始まった気候の変動、ウイルス・細菌の突然の強毒化など、本来数万年かけて緩やかに進む変化がわずか数十年で起きた。生物の絶滅は8割に及び、人類は住める場所を7割も失った。一度動き始めた小さな歯車は徐々にその回転と軸を大きくし、もう誰にも止めることができなかった。
 一方で、科学技術の進歩にも目を見張るものがあった。巨大宇宙船で太陽系の端まで行くことができるようになると、瞬く間に時空移動の技術を確立して恒星間飛行を可能にし、今や大量輸送にまで発展しつつあった。
 すべては全人類が居住可能な惑星を探すために。

 とはいえ、あらゆる星に手当たり次第調査船を送り込むわけにはいかない。
 そこで科学者たちはまず銀河系から地球型の惑星をおよそ36万個選び、アルファベット4文字の組み合わせで名前をつけた。さらにその中から厳選された100ほどの星へ、調査員を派遣し、送られてきた映像を解析して移住の可否を決めることにした。

 結果は芳しいものではなかった。
 ある惑星は太陽との距離も大きさも自転速度も地球と全く同じだった。しかし猛毒のガスに分厚く覆われている。
 ある惑星は地球よりやや寒いくらいで居住は可能だった。しかし有害な放射線が1日の半分降り注ぐ。
 ある惑星は地球よりもはるかに大きく温暖な気候でもあった。しかし残虐で優れた科学力を持つ先住民が新たな殺戮を常に求めていた。
 こうして残る調査船はたったの1隻となった。
 その星の名は、YMNS。36万の星の中で全人類に残された唯一の希望だった。

 今まさに惑星YMNSで撮影された映像が特殊な光線に変換され、光の20万倍早いスピードで地球へと届き始めている。
 すでに地球は一つの目標のために全ての国家が統一されていた。あらゆる地域から科学者たちが集結し、光線を映像へと再変換して解析している。
 そして、映像が生中継される瞬間がやってきた。
 全地球が固唾を飲んだ。

 映像は調査隊員が惑星YMNSに到着したところから始まった。
 調査隊員のリポートの声が入っている。
 「この惑星はとても不思議です。大気が2つの層に分かれています。
 外側を覆っている第1層大気には分析不能なガスが充満しています。
 おそらく地球型生物へ悪い影響を与えるガスだと考えられます。
 なので最初は我々も『この惑星もやはり居住不可なのだ…』と諦めかけました。
 しかしその下の第2層、より地表に近い部分は驚くべきことに我々の星とほぼ同じ大気構成だったのです。
 ある程度の高度、大体地表から100メートル以上の高さの場所には我々は住むことができません。
 しかしその下では、なんと宇宙服もいらなければ大掛かりな酸素発生装置もいらない。今の生活、むしろ今以上の暮らしができるのです!」
 ここで隊員達が宇宙服を脱いだ姿が映像に映し出された。
 隊員達は大きく息を吸い込んでいる。何度も高く飛び跳ねている。この新鮮な空気。大地の感覚。
 「とうとう見つけた!理想の星を!」
 全地球が歓喜に沸いた。
 映像の中で隊員たちはひたすら喜び、笑い、ただただ飛び跳ね続けていた。

 そこで映像は一旦途切れ、次に少し真剣な顔をした隊員が映し出された。
 「地球の皆さんにお知らせしなければなりません。
 この星には先住の知的生命体がいます。
 ご覧ください」
 生命体の姿が映し出された。
 全地球が悲鳴を上げた。
 そこには体型こそ人間と近いとも言えるが、顔や皮膚などが昆虫とも甲殻類ともつかぬ生き物が映っていた。特徴的なのは、人間の手にあたる部分が発達していて、大きなハサミのように見えることだった。
 隊員がリポートを続ける。
 「しかし、ご安心ください。
 彼ら…仮にハサミ人間と呼びますが、非常に平和的でこれまで攻撃の意思を見せたことはありません。
 また、会話をしているように見えることから、高い知能を持っていることが考えられます。
 今も我々のことを指差して何かを言っているようですが、悪意を持ってはいないと思われます。
 今からハサミ人間の音声を送るので、地球で言語解析をお願いします。
 彼らとコンタクトをとって、この惑星に人類が移住した時にトラブルとならないようにしなければなりません。でも、おそらく大丈夫です!」
 全地球がほっと息をついた。
 
 画面上では再び笑顔の隊員達がこの日のために調査船に積み込んでいたワインを配りあっていた。 
 みな、先ほどのように大地を何度も踏みしめ飛び跳ね、大きく笑顔を弾けさせながら、何度も叫んでいた。
 「カップー!」「カップー!」
 カップーとは、地球が統一される前の日本地方の「乾杯」が語源で、この時代は割れないカップをお互いに合わせることから、地球共通の喜びのサインとなっていた。
 満面の笑みで隊員が話を続ける。
 「さあ、皆さん、移住の準備を始めてください!
 まもなく、この新地球で我々人類の第2章がはじ…」
 その瞬間、空の向こうから突如として現れた巨大生物が、目にも止まらぬ速さであっという間に隊員達を全員飲み込んで、そのまま地平線へと飛び去った。
 画面に映るその姿はまるで空飛ぶクジラ…いやクジラよりも何十倍も大きな魚のように見えた。
 その様子を見てハサミ人間たちが何か会話している。
 それだけではなかった。はるか向こうの空を泳ぐように飛ぶ、調査員を飲み込んだ巨大な魚に、さらに巨大な翼を持つ鳥のような生物が襲いかかり、飲み込んで上空へと消えていった。
 人間が食物連鎖の底辺に落ちた瞬間だった。
 映像はここで途切れた。
 全地球が沈黙をした。
 そして、全地球が泣いた。

 やがて、ハサミ人間たちの会話が解析された。
 遠い遠い銀河系の端の星、地球人がYMNSと呼んだその星で、ハサミ人間たちは地球人を、こう呼んでいた…クラムボンと。
 そして会話の内容も明らかになった。
 「クラムボンはかぷかぷ笑ったよ。クラムボンは跳ねて笑ったよ」
 「クラムボンは殺されたよ。クラムボンは死んでしまったよ…」

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