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言葉にできない想いを留めておこう。

2023年3月28日、今日は本当に幸せな日だった。幸せを「幸せ」という言葉以外でどう表したらいいか分からない。単に「幸せ」という言葉で表現できるものかも分からない。生きててよかった、とさえ思った。涙がでるわけではなく、ずっとじーーーーんと温かい。そんな一日だった。

振り返れば、この日がやってきたのは、偶然のような出来事が重なってできたように思う。

3月15日水曜日

多分はじまりはこの日。
僕が公立小学校勤務時代の保護者から突然連絡をもらった。その方は実は教育系のライターさんで、2019年に僕が小学校で取り組んだ「さくらの森再生プロジェクト」について話をきかせて欲しいとのことだった。とても嬉しかった。二つ返事でOKをした。

3月20日月曜日

ライターさんと面会し、僕は当時のことを振り返りながら、忘れていたようなこともはっきり思い出しながら、たくさん話をした。

実はこの日は中学校の卒業式でもあった。その「さくらの森再生プロジェクト」を共に取り組んだ当時小6だった子たちの、中学の卒業式。

「3/20は卒業式ですよ!先生、きてくださーい!笑」と冗談のような連絡を、元生徒からもらっていたから、その日を僕は知っていた。

平日だし、仕事もあるし、卒業式に参列することは考えていなかったけど、そんな日にあの子たちとの取り組みを話していることに、不思議な縁を感じていた。

3月21日 火曜日 春分の日
すっぽりと予定のない4時間があったので、原付で出かけることにした。走りながら、思い立って、久しぶりに勤務していた小学校のエリアまで行くことにした。昨日懐かしい話をしたばかりだから、懐かしい景色と出会って、一層記憶がクリアになっていく。学校の中までは入らなかったけど、それでも十分だった。
あの頃一緒に過ごした子たちに会いたい気持ちが増してきた。あの子は元気かな。あの子はどんな風になってるのかな。

会いたいけれど、卒業生たちと会うのはなかなか難しい。僕はひと学年約120人と関わる図工専科教員だった。しかも毎年卒業生をだすもので、ざっと計算しても、僕には700人を超える卒業生がいることになる。

広く声かけたら、人数はどんどん増えてしまうかもしれない。(いや、全然来ない可能性もあるのだけど。)そんな何十人という数でなくてとも、10人集まっただけで、集まる場所を探すのは難しい。10人集まって何をするかも、また難題だ。例えば女子中学生10人と遊ぶなんて、一歩間違えれば相当に怪しいおじさんになってしまう。

かといって、人数を絞ることも難しい。特定のあの子だけに会いたい!という訳ではないからだ。僕はおしなべて、”みんな”に会いたい。自分のことながら、なかなか厄介な想いだ。

そんな時に2つの案が浮かんだ。

先日、今僕が取り組んでいるPodcast番組のサポート担当者とのミーティングの中で、「子どもたちをゲストに呼ぶのもアリですね!」とアイデアをもらっていた。僕ら、山あり谷あり放送室は、Spotifyクリエーターサポートプログラムに採択してもらっていて、渋谷にある素晴らしい収録スタジオを使えるようになっている。
ここに興味ある卒業生を招待したい、一緒にトークをして、Podcast収録してみたい、と思った。Podcast「山あり谷あり放送室」の相方・谷くんもこの提案にのってくれた。ありがたい。

急ぎSpotify担当者にメールを送ってみた。僕の次の休みは1週間後の28日。その日に奇跡的にスタジオが空いてたらいいな。以前話した感じでは、スタジオは常に予約いっぱいらしい。ダメ元で、スタジオ利用のお尋ねをメールしてみたのだ。

もう一つ。3年前に退職した小学校にはまだ連絡の取れる先生が残っていた。これもダメ元で尋ねてみた。「卒業生と一緒に、小学校の図工室訪問することできませんか?」
管理職に確認するね、と返事があった。もはや部外者の僕。使うのは公立学校。壁は厚そうだ。はてさて、どう返事がくるのだろう。

3月22日 水曜日
Spotifyから返事があった。たまたまキャンセルになって、28日空いてますよ、と。

なんてこった!これは奇跡だ。。。

しかし、元生徒に声かけてみよう!と思いたったものの、誰に声かけていいのか、分からない。困った。。。

せっかくのスタジオ収録。1人で収録するのはもったいない。ここはもういっそ、卒業生に限らず、広く興味持ってくれた人に来てもらおう!と決めて、Instagramのストーリーズに、「Podcastのスタジオ収録、興味ある人いませんか?一緒に収録しませんか?」と投げてみた。

びっくりした。
ポストしてからほんの数分。「さくらの森再生プロジェクト」を一緒に取り組んだ現中学3年生の2名の男子が「行きたい!!」と反応してくれたのだ。
昨日一昨日と、記憶を辿る頭の中の映像に登場してきた子達だ。Instagramのフォロワーは多くないものの、卒業生が反応してくれる確証はなかった。でも結果的にそうなった。
Instagramのストーリーズはすぐに取り下げた。この2名で決定。
僕が人を選んだのではなく、彼らがたまたまInstagramを良いタイミングで見ていてくれて、彼らが選んでくれた。

28日火曜日午前。卒業生男子2人とのPodcast収録が決まった。

実は友人1名が卒業生と同じくらいの即反応で、希望してくれたのだけど。感謝の気持ちを伝えて、彼との収録はまた次の機会に。

3月24日 金曜日

ダメ元で元同僚に尋ねていた小学校の図工室利用の許可が下りた。これもびっくりした。
ダメだと思っていた。僕と一緒に働いていた校長先生はもういない。全く知らない校長先生が許可してくれたのだ。本当にありがたい。
そして、きっと元同僚が丁寧に説明してくれたに違いない。タイミングを測ってくれたに違いない。もう感謝しかない。

28日の午後はどう?と伺ったらOKが出た。

3年ぶり、退職して以来初めての学校訪問、図工室訪問が決まった。それも卒業生と一緒に行けるのだ。

3月25日 土曜日

「卒業生へ。28日14:00、小学校に来れる人いますか?」

再びInstagramを頼った。これまたすごいスピードでたくさん反応がきた。これだけで嬉しかった。だって、4日後のお誘い。中高生は忙しい。それなのに瞬間の判断してくれたの?ってくらい、「行く!」と返してくれる。こんなに嬉しいことはない。

人数が多くなりすぎるのは困るよ、と学校側から釘を刺されていたので、焦ってInstagramの投稿を1時間程度で取り下げた。満員御礼、ありがとう、と代わりの投稿。

これもひとつの偶然なのだと思う。
たまたまその時間にInstagramを見ていた卒業生が反応してくれた。行きたかったけど、予定がある人もいたと思うし、そもそもInstagramをやっていない人もいる。たまたま、集まったのだ。縁なのだ。

3月28日火曜日14:00-15:30、この時間に僕は学校にいるから好きな時間に来て、好きな時間に帰ってね。お菓子と飲み物用意して待ってるね。ということにした。

3月26日 日曜日

「28日、誰が来るのか分かりますか?」
と来校希望の卒業生から連絡があった。

この連絡も実は嬉しかった。この子は、誰かと「行く?行かない?」と相談して決断したわけではなく、Instagramのぼくの投稿に、自分の意思だけで「行く」と決めていたことになる。(と、勝手に想像する。)

3年ぶりの小学校に、誰が来るのわからないのに、1人で来るのは勇気のいることだなと気が付いた。この子のおかけで、ハッとして、来校希望者に参加メンバーを連絡をした。もし心細かったら、仲良い人誘ってもいいよ、と付け加えた。

Instagramの反応から来校する卒業生は10人程度に抑えておいたのだが、もうこうなったら分からない。何人来るかも分からない。当日学校で「呼びすぎでしょう!?」と怒られたら、その時はその時だ。

3月27日 月曜日

明日のことを考える。午前中の収録のこと。何を話そうかな。2人は喋れるかな?大丈夫かな?でも、考えていてもしょうがない。多分、大丈夫と信じる他ない。

午後の小学校での集まりのことを考える。1時間半、自由来校とはいえ、何かやっ方がいいのかな?図工っぽいことした方がいいのかな?
とぐるぐる考えるけれど、やめておいた。
明日行ってから考えよう。

3月28日 火曜日

9:45渋谷駅で待ち合わせをして、Spotifyのスタジオへ。同じ東京都民なのに、都会の風景に「わー!わー!」という中学生男子2人の様子がたまらなく愛おしい。かくいう40歳の僕も、渋谷に来る時は「わー、都会」って思うのだから、同じような気持ちなことが嬉しい。

久しぶりに会ったって、なんか“同じ”感じ。これが良い。これが好きだった。あの学校で過ごした子たちとは、先生ー生徒っていう関係よりも、仲間って感覚の方が近い。

僕は毎回の図工の授業を、どうしたって自分がつくっているように思えなかった。どの授業もきっかけこそ僕が与えていても、楽しさや面白さは間違いなく、彼ら彼女らがつくっていたのだ。だから僕は面白かった。この共創関係がたらまなく嬉しかった。それが、3年経っても変わらなかった。

収録は至って順調だった。彼らにとっては、初対面となる谷くんとのやりとりもスムーズでびっくり。もう尊敬するくらい、中学3年生の2人はよく言葉を紡いでいた。心配なんて不要だった。そして頼もしくて格好良かった。

谷くんが何とかして、先生としての僕のネガティブなところを引き出してやろうとしていたけど、彼らの口からはくすぐったいくらいポジティブなことしか出てこなかった。それが決して僕に気を遣って発した言葉ではないと、分かったから、僕は終始ご褒美をもらい続けている気分だった。ごめんね、谷くん。
何を話したのか、詳細はぜひ公開されるPodcastをお楽しみに。

ご飯を食べて、小学校に移動した。
14:00-15:30、自由に来てね。の連絡だったのだけど、14:00過ぎにはもう「行くよ!」の連絡をくれた卒業生は、だいたい来てくれた。

勤務していた小学校は、公立中に進学する際に第三中学と第4中学に別れる。「久しぶりー!!」は僕にだけに発させるものではなく、友達同士にも当てはまるのだ。

そしてそれは同時に校舎、教室にも発せられる。「こんな小さかったっけ??」はさすがに僕は感じられないが、「懐かしい」は一緒。
ここでも僕は、先生ー生徒の関係性で存在しているよりかは、もっとフラットな同じ位置。

先生〜先生〜!!なーんてひと昔前の青春学校ドラマみたいに、僕を中心に子どもたちが寄ってくるわけではないし、そんなの僕は望んでいない。このフラットな関係が大好きで、心地良いんだ。

やっぱり何年経っても変わらないものがある。
例え容姿は変わっていても、声で分かる。少し話せば笑い方や仕草でわかる。分かった自分も嬉しかったし、変わっているようで、小学生の時のままな卒業生たちが嬉しかった。

他愛のない話も、今こんなことやってるよの話も面白かったけど、ひとつびっくりすることが起こった。

音楽室に行きたい、とある子が言うから扉を開けたら、みんな来た。

「誰かピアノ弾けば?」
「私弾けるよ!」
「旅立ちの日に、歌う?」
「どうせ歌うならガチでしょ?」
「OK、指揮だれかー?」

嘘でしょう。
全員が同じ中学じゃないのに、学年違う子もいるのに、こんなにあっさり歌うことが決まって歌えるの!!

旅立ちの日には、僕としてもいろーんな思い出がごちゃ混ぜに入っている大切な曲。でも泣く感動よりも、驚きの感動が勝った。即興の、久しぶりに出会ったバラバラな22名による3部混成合唱「旅立ちの日に」は、最高だった。
僕ももちろん歌った。一緒に。ガチで。

僕が何かする必要はなかった。授業みたいなこと、図工みたいなことしなくて良かった。これで良かった。これが良かった。1時間半なんてあっという間だった。

僕は今、もう小学校教員ではない。嫌で辞めたわけではなくその逆で、最高だったから、この「最高だった・楽しかった」をそのまま取っておきたくて辞めた。もしかしたら、それ以上がこの先あったかもしれない。でももう「これ以上ない!」って思えるには十分だった。
この小学校で働けた6年間は間違いなく僕の人生における宝物だ。
それがこうして再び確信めいたものとして、心を温めてくれる。

小学校教員として楽しめたことも、今新しいチャレンジができていることも、この子達のおかげだ。今日居る子も居ない子も。おしなべて“みんな”のおかげなのだ。ありがとうを何回言っても足りない。この気持ちの幸せ以外の言葉が分からない。

解散の時間になったから、「んじゃ、解散しようか。またね!」って言ったら「ゆるっ!笑」って言われた。そう、僕はかっいい先生のような締めの言葉みたいなのは言えないの。

太陽がさして、昼過ぎまで降っていた雨がつくった水溜りに反射してキラキラしていた。満開の桜が美しくて、時より花びらがヒラヒラ舞った。ここは天国か。

そんな風景の中、またねー!と帰っていく卒業生の背中を見送りながら、ゆるい解散を少し後悔して、このありがとうと幸せは伝えておけばよかったなぁと思った。

結果、この気持ちのままに書き上げた散文につながっていくのだけれど、今日この日のことは生涯忘れないように胸に大事にしまって生きていこうと思った。

この文章は、今日きた全員に届かなくてもいい。いつか見つけてくれてもいい。全然関係ない誰が読んでくれても構わない。そっとここに置いておくことにする。