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過失とは ~人の命を金で買う~

先日の読売新聞に「保育園児ら16人が右折車と直進車の衝突に巻き込まれた事件」に関する記事があった。

そもそもの発端は2019年に起きた交通事故で、青信号で直進する軽自動車に右折をしようとした乗用車が接触、はじき飛ばされた軽自動車が歩道上の園児の列に突っ込む・・・というものである。

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image:読売新聞


実際に園児らとの接触があったのは軽自動車。乗用車は軽自動車にぶつかったものの園児らには直接接触していない。この事実が話をややこしくしている。

この交通事故に関して、刑事上の責任については一応の決着がついている。乗用車を運転していた A(54)は有罪判決(確定)を受け、軽自動車を運転していた B(64)も逮捕・書類送検されたが最終的には不起訴(嫌疑不十分)となった。


今回の記事は、この「不起訴」の部分に関するものである。事故の遺族らが

「直進していた軽乗用車は交差点進入時、右折する乗用車を注視して減速するなどの注意義務を怠り、漫然と通過しようとした過失がある」

と不起訴を不服として、大津検察審査会に審査を申し立てたのである。


この行為自体はなんの問題も無い。検察の判断が「間違っている」と思うのであれば検察審査会に申し立てる権利は誰にだってあるし、それを支援するのが弁護士の仕事だ。文句を言う筋合いではない。遺族らと弁護団には思う存分戦って欲しい・・・と思っていた。弁護団が公表した次のような遺族のコメントを耳にするまでは。


「息子たちに痛い思いをさせた以上、罪がない人にはできない。しっかりと判断してほしい」


大津地検は19年6月に「軽自動車の運転手は法定速度以下で走行し、前方不注意もなかった」と不起訴の理由を発表している。ドライブレコーダーや目撃情報、車の破損状況などから「過失はなかった」と判断したのであろう。

これに対し今回、遺族側は「過失があった」と主張している。おそらく何らかの根拠・証拠があっての主張であろうが、先ほどの遺族コメントを聞いた後では

「過失がなくたって、人が死んでいるんだから罰せよ」

 にしか聞こえない。



交通事故における「過失」とはいったいなんだろう。速度違反や脇見ならば簡単だが、今回のケースのような場合、ドライバーにはどこまでの「注意義務」が求められるのか?弁護団は「直進していた軽乗用車は交差点進入時、右折する乗用車を注視して減速するなどの注意義務を怠り、漫然と通過しようとした過失がある」としているが、弁護団の考える過失とは?


交差点進入時、対向に右折待ちの車があるのにアクセルを緩めなければ「過失」?

交差点進入時はブレーキペダルに足を乗せていつでも停止できる準備をしなければ「過失」?

注意していたが間に合わなかった場合でも「過失」?

相手が飛び出してくるかどうかどうやって判断を?相手の車が少しでも動いていたら停止しなけばならないのか?相手の表情からそれを読みとらなければ「過失」? 

相手が動かないという100%の確証がないまま、青信号に従ったら「過失」なのか?



今回の件とは関係ないが、


横断歩道停止時、サイドブレーキを使用しないのは「過失」?

踏み切りの一時停止で、サイドブレーキを使用しないのは「過失」?

停止中にバックミラーを注視して後続車の追突予期をしないのは「過失」?


このどれもが後続車に追突され、押し出された形で前方の人・車との接触事故を起こしたケースである。普段なにげなく行っている行為であっても、それが事故に絡めば「過失」になる恐れがあるし、ならない場合だってある。

交通事故の場合、「刑事的責任」「行政的責任」「民事的責任」の3つがある。今後、車の自動運転が進んだ場合、「刑事的責任」はますます複雑になるであろう。「レベル4」「レベル5」といった無人自動運転の車が死亡事故をおこし、警察・検察が最終的に次のような判断をしたら・・・あなたが遺族だったらどう思う?


2年に及ぶ調査をした結果、A社製の車自体には問題が無く、B社作成による自動運転ソフトウェアが機能不全を起こしたことが事故の原因であると判明しました。ただしこれもB社製ソフトウェア自体の問題ではなく、ソフトウェアのアップデート中にウイルス感染したことが原因です。

このソフトウェアのアップデートは整備会社Cにより行われており、B社からネット経由により提供された正規のデータを使用していたのですが、その際に使われていたC社のパソコンが感染源と判明しております。

ただしC社はB社推奨によるD社製ウイルス対策ソフトを導入しており、その運用にも問題はありませんでした。D社製の対策ソフトも世界的に使用されている標準的なもので、C社のパソコンが感染した当時はまだこのウイルスには対応しておりませんでした。

よって今回の死亡事故の原因はこのウイルスの作成者にあり、作成者に関してはICPOを通じて情報提供を求めておりますが現時点において不明のため、被疑者不詳での書類送検となります



もしC社のパソコンがウイルスに脆弱な旧型(Win95など)だったら、事故の原因はC社となるのだろうか?

ネット経緯による危険性を100%排除しないままにソフトのアップデートをさせたB社の責任なのか?

未知のウイルスであっても「100%の安全」を確保しなかった車の所有者が「注意義務違反」となるのか?

ウイルスに感染していないことを確認せずに自動運転車両を利用した人に責任が?



事故の原因が車ではなく、道路にあった場合はどうであろう。自動運転の車に搭載されたカメラでは認識できないようなクラックが道路にあり、そのクラックが原因で事故となった場合、その責任は道路管理者に?

そのクラックの原因が事故の数分前に通過した大型トレーラーの過積載によるものだったら?

クラックの原因が不明だった場合は?

クラックを見逃すようなソフトを作ったB社の責任か?

精度の低いカメラを採用したA社の責任か?

はたまたそのその搭載カメラをを作ったメーカーE社の責任なのか?

カメラのレンズを作ったF社か?


今までは「運転手による前方不注意」「運転手による過失」で済ませてきたが、この先、新たな責任転嫁先を探さないといけない。


交通事故における「刑事的責任」「行政的責任」「民事的責任」のうち、「刑事」に関してはそろそろ考え方を変えてもいいのではないか。航空機事故のように「犯人探しではなく事故原因の究明を最優先」とし、「明らかな過失がない場合はこれを罰せず」ではいけないのだろうか?いわれのない「過失」で有罪判決を受けた人は過去に何人もいるだろうし、「明日はわが身」でもある。


法律の話ではない。被害者側の意識のことである。愛するものを失った悲しみはわかるが、だからといって根拠の無い犯人探しは「復讐の連鎖」を生むだけである。

明確な過失なき場合はその刑事責任を問わない。ただし民事的責任はその限りではない。まさに「人の命を金で買う」、そんな時代が来ている。


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