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【僕について】人には人の人生がある

今日はふと思ったことを。当然だが「人には人の人生がある」ということだ。僕がこのことをよく思うことは朝と夜の通勤電車と会社近くの喫煙所。

2つに共通している点は「変わらない人がいる」こと。特に朝の電車は乗る時間と乗車位置が一緒なので、気が付かないうちに名前も知らない大学生、サラリーマン、OLの顔も覚えてしまう。顔を知っているのに顔以外の情報が何もなく、そして向こうは僕の顔なんてきっと覚えていないだろう。仮に向こうが僕の顔を認識していたら、どんな風に見えているだろう。喫煙所は更に来る人が限られるため行くと大体5人の顔はわかる。そしてビルの企業名、入館所を見るとどんな仕事をしているのかも想像できる。なのに僕の人生には一切関係のない人たちがそこにいるのだ。

朝、電車を降りて駅から会社までの15分間の徒歩でも、幼稚園に子どもを送る母親はこれから家に帰って家事をして、夕食を作って、子ども迎えに行くのか~。や、昨日は元気がなく愚痴を同僚に垂れていたOLが今日は機嫌が良く、いい男性でも見つかったのか。など。当たり前だがそこには「僕の知らない人生」があり、またその人たちは「僕の人生を知らない」。

この時、感覚的だが自分を真上から俯瞰して見ることが出来る気がする。そうすると自分が今存在してないような気がして何とも言えない感覚に陥る。

最後に少し飛躍した話かもしれないが、同じことがインターネット、SNSの世界においても言える気がする。今はインターネットが進んで、外国の人とも1秒で繋がれる時代だ。でもそれは本当に繋がっているのか。例えば数年間会っていなく、あまり話したことのない人の写真、動画を見て「知っている気になっている」。それはさっき書いた「顔だけ知っている」のような表面しか見えていないのと大差ないと僕は思う。

まとまらないが、そんなことをふと思った本日。きっと明日の健康診断でナーバスになっているんだろう。。。

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