フィクション多め日記 加湿器を買う

 加湿器からもくもく昇っていく白い煙を見ていると加湿器が壊れてうんともすんともいわなくなってしまった。寿命かな。でも加湿器がないとおれの手の指はぼろぼろになってしまうからなと加湿器を買いに行った。
 スチーム式のやつがいい。超音波式のやつは雑菌が湧く、と思って家電屋に並んでいる加湿器をみているとどれもおんなじようなものだった。どれがどういうしくみなんだかわからなかった。加湿器の側でも自分がどういうしくみなのかはわかっていないような気がした。
「すみません、ちょっと」と爪にマニキュアを塗っている店員に話しかけた。店員は百年ぶりに接客するみたいなふしぎそうな顔をしたあとで「すみません。いま忙しいんです」と言った。たしかにそうかもね。
 それでまた加湿器の前に戻った。白い加湿器。黒い加湿器。灰色の加湿器。いろいろな加湿器があった。七色に光る加湿器もあった。アロマを入れるところがあって、面白いような匂いが立ち上る、人生の最後に見るような加湿器もあった。それぞれがそれぞれに利点を持っているような気もするけれども、おれには違いがわからなかった。違いのわかるものなんてひとつだってないんだけれども。
 それで加湿器たちに喋らせることにした。加湿器たちを擬人化して(もちろん想像の中でだ)彼らに自己主張させるのだ。
「ぼくは手間がかかりませんよ」と白い加湿器。いいね。
「わたしはたくさん水が入るわ」とピンク色の加湿器。でもそんなにはいらないんだよ。狭い部屋だし、お給料がいっぱいあればもっと広い部屋に引っ越せるんだろうけれども、狭い部屋だし、隣人は夜になるとずっと「うんうん」って言ってるしね。壁も薄いんだろう。
「おれは気分が乗らないときに眺めていると七色に光りだすよ」と人生の最後に見るみたいな加湿器が言う。うん?
「たぶん悲しいときにいいんじゃないかと思う。クリスマスには赤と緑と、それから金と銀色に光る。プラネタリウム機能も付いてるんだ。それから楽しげな音楽も流れる。お経だって流せるぜ」
 うーん。それはいいかな。
 それで結局最初に見た白い加湿器を買った。「ぼくが一番いいんですよ」と加湿器は言う。「手間がかからないし、手間がかからないし、なにしろ手間がかからない」。それが一番かもしれないね。
 おれは白い加湿器を連れて帰った。あんまり広くない部屋をどんどん加湿しておくれよ。

終わり