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薬考:蛇の餌/Clouds(2/2)

2/7
10:30に起床し荷物をまとめ、まだ朦朧として減らない腹のままいつもの感じでコメダにパンとコーヒーを食いつつ煙草を吸いに行く。すげえいい天気。パンはいつも通り、こっちのコンディションのせいで美味しくない。煙草だけが美味しく、だから老いるし、痩せ細っていくのだ。なんか勢いで二泊してしまったが ま、家に帰りたまえ、そうしましょう、と1時間ほどして店を出、じゃあ。あい。また来週か、東京行った時に合流しましょう、つって横断歩道を渡り、田んぼを横切り、じゃあこのまま薬局行く?つってその足でまた薬局に向かい、あれ?と結局また2人で家に戻った。お互い用事がないとこうなるらしい。
2日間、まともに食べずに薬を飲んでいるせいか、昼を過ぎてもまだ朦朧としている感覚があった。加えてじっとしていられず何だか楽しく、それは背案も同じだったようで、何かにつけてベランダに出て煙草を吸った。味覚が変わるのか、効いている間の煙草はいつも以上に美味しくて、この平日の昼間にこんなところで俺は 煙草を吸ってふらふらしている…と思うと訳もなくにやにやしてきた。昼を過ぎて曇ってきていた。

13:10、蛇の餌
背案が、飼っている蛇の餌のハムスターを買いに行こうと言うので自転車に乗って外に出た。午前のようにいい天気ではなくなっていた。家の前の道から南に数本進んだ、俺の全然知らない太い道を東に進んだ。薬でぶっ飛ぶと全然知らない道を無理矢理走らされるように、薬の残った状態で知らない道に来るとまた現実感が薄れてくるような気がした。そういう感覚があった。途中で見つけたなんでもない公園に停まり、置きっぱなしのゴムボールを蹴り飛ばす、遊具に引っ掛かりっぱなしの縄跳びで二重跳びに挑戦するなどをした。昔は当たり前のようにできた二重跳びがまるでできなくなっていて、苦笑したが内心笑えなかった。平日、午後、曇天という状況も相まって「老い」という現象が深刻に身に迫っているのを感じたのだ。なんだか疲れてベンチに座り、煙草を吸った。煙草を吸、煙草、た、だから老いるし、痩せ細っていくのだ。背案が今後の生活について話し始めた。…人伝ての上京は何とかなるだろうか。
辿り着いた店の雰囲気は不穏だった。それなりに大きい店だが人の気配があまり無く、クレープの移動販売車が死んでいた。広い駐車場をぐるりと薄暗い山肌が取り囲み、その中腹に誰が登るんだよ、みたいな道が九十九折になっているのが見えた。書くほどではないが変に目についたのだ。店の入口には謎のシンナー臭が漂っていた。
目的のハムスターはその店の壁際にいた…しけてんな、て感じのペットコーナー、小箱の中にハムスターがニコイチかなんかで収容され、それが800円とか1200円とかで売られているのだ。そんなに安いのかとまた少し憂鬱になった。眼鏡の父親と小さい息子が楽しそうに小箱を覗いていた…背案がほら、触れるよと小箱を差し出したが、触ったら情が移って辛くなるどうせ死ぬのに、と思い触れることができなかった。背案が若い店員に声をかけ、買いたいんですけど。1匹ですか?はい。じゃあどちらかを選んでいただいて、じゃあこっちで。あ、そんな簡単に選ぶの?捨てる命を選ぶのに?と動揺してる間にハムスターはすぐさま抱えられ、さらに小さな、透けて見ることもできない箱に移されてしまった。俺は固い床になんか知らんが正座して、小箱に残ったもう一方のハムスターをぼんやり見ていた。眼鏡の父親が眉をひそめてこちらを見ていた。
帰り道、来た道を戻って初めて、風が強く吹いていることに気づいた。途中で往路を外れて細い道に入ると急に誰もいなくなった、背案も通ったことのない道らしい。道から道へ、道と道を繋ぐより細い道を通ってジグザグに進んだ。繋ぎの道に入るといちいち知らない家の塀や壁で突き当たって見えた、その一々が訳もなく不穏に感じられた。自転車はなかなか進まなかった。風は、向かい風になって初めてその強さに気づくものだ。背案が、脳の全体を絞られている感覚があると話した。

家に着くと背案がすぐにハムスターを箱から取り出し、流れるような作業で蛇のいる箱へと移した。あ、ちょっと待ってもうちょっと勿体ぶるもんじゃないの、と思う間もなく蛇が頭をもたげ、音もなく、一瞬のうちにこれを絞め殺した、ほんと一瞬で。絞められた側はちゅう、つってこれもほんと一瞬。理不尽なはずなのに、この世への未練とか全然感じられないような。あ、こんなもん?と思うと今度は、急につまらなくなってその場に寝転んでしまった。もっとこう意味ありげな、黙り込んでしまうような、さっきまでの憂鬱を通り越すような断末魔が聴こえてくるもんだと思ったのだ。そしてそれを期待していた自分も血も涙も無いんじゃんか、との結論に至り、開き直って完全に寝たのである。

23:35 起きて☒☒☒12錠飲む。

2/8
効き始めるのが日に日に早くなっている、ろくに食ってないからだ。二日酔いのまま飲む酒のように、胃の底に残っていた粉が新鮮な粉に反応してまたふざけ始める。俺がまた聴きたくなって、BluetoothでGigi Masinの"Clouds"を流し始めると背案が呟いた「プラネタリウムみたい」に異常なほど感動し、良いこと言うわ、やっぱ良いこと言うわ、音楽から言葉が出てくることがあるんだ、これこそ芸術の可能性だとまくし立て、これを録音するまでに至った。音楽から言葉が出てくるなら想像することで写真にも繋がるだろうし、ドローイングにも繋がるだろう。「芸術」として、その分野のそれぞれが繋がっているならそれぞれからそれぞれを想像し、生み出すこともできるはずだ、無限大じゃないですかすごい、と感じた。俺は絵、俺は音楽、つって特化するのもかっこいいけど、メッセージによってそれに最適なメディアは違うだろうし、1つの分野に拘る必要はないと感じた。
Gigi Masin / Clouds
https://www.youtube.com/watch?v=tVz19M9JoRA

気づくと3時半を過ぎていた。"Clouds"の、"プラネタリウムのような"やさしい音色がいつまでも残っていて、これうざったいほど詩的なんだけども この夜を、"Clouds"の音が包んでいるような感覚があった。部屋の中でじっとしていても、ベランダに出て煙草を吸っていても 夜の静けさや、心地良い寒さやデカダンス、煙草の煙の一々が音の下に調和していて、それが本当にやさしく感じられた。そういう空気があったし、背案も言葉少なに煙草を吸っていた。そういう、そういう空気の、そういう顔をしてるでしょ?実際俺も、きっと背案も、全てが詩的に見えてしょうがなかったのである。

4時半を過ぎたが、このまま寝るのが癪で散歩に出たら近所の公園に行き着いた。詩的で、心地よいデカダンスに酔っておった我々は煙草を携帯灰皿に戻すことなく弾いて捨てた。これいけないことです。理解してもらおうとは思わないが、薬漬けの4日目、且つ言葉少なに詩的なデカダンス…なんかそういうとこに配慮する次元じゃなかったのである。いつもはこんなことしませんよほんとに、いや言い訳はいいんです。そういう次元じゃなかったのである。これから夢中でセックスしようとしてるのに、その途中でTwitterの通知を確認したりはしないでしょ、みたいな感じです多分。だからって許されることじゃないですよ、いや言い訳はいいんです。そういう次元ではなかったんです。背案が「黒い冬」とか言っちゃうくらい詩的っつーか、厨二というか、そういう状態だったんです。こいつがもうすっごい詩的感覚全開な、想像力を加速させるような言葉を投げかけてくれたんですよ。たとえば、
もし太陽がなかったら、真っ昼間だとしても今こんな感じよ、真っ昼間だとしたらどう今?
とか、
死んだらこんな場所に来てみたい、あの世にはこうあってほしい…
みたいな。そう話すたびに、また静かに吹いている風や高い木立から、それが風に揺れて鳴らす波のような音や、深夜の小さく緑っぽい照明の色に至るまで、それら全てがたちまち言葉通りになったのである。もう、そう見えたっつーか そうなったのである。このもう、驚くほど素直に主観に入り込める感覚は、またいつか味わえたらいいなと思う。

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