98条  気に自然の形あり 〜言志四録〜


気に自然の形有り。結(むす)んで体質(たいしつ)を成(な)す。体質は乃(すなわ)ち気の聚れるなり。気は人人異(ひとびとことなり)なり。故に体質も亦(また)人人同じからず。諸(もろもろ)其の思惟(しい)・運動・言談(げんだん)・作為(さくい)する所、各其の気の稟(う)くる所に従って之を発す。余静にして之を察するに、小は則ち字画・工芸より、大は則ち事業・功名まで、其の迹(あと)皆其の気の結ぶ所の如くして、之が形を為す。
人の小長童稚(しょうちょうどうち)の面貌(めんぼう)よりして、而(しか)して漸(ようや)く似て長ず。既(すで)に其の長ずるや、凡そ迹を外に発する者は、一気を推して之を上達すること、体躯(たいく)の長大にして己(や)まざるが如きなり。故に字画(じがく)・工芸若(こうげいも)しくは其の結構する所の堂室(どうしつ)・園地(えんち)を観るも、亦似て其の人のの気象何如(きしょういかん)を想見(そうけん)す可(べ)し。

〔訳文〕
気には自然の形がある。それが結ばれて、人の体質を形成する。即ち、体質は気の集まって出来たものである。集まった気は一人、 一人異なる。したがって、体質もまた一人、一人同じではない。
人々の思考、運動、言論、仕事などは、各自が天よりその気をうけるところに従って発動するものである。
自分は静かに思うに、小は一字一画および手工芸から、大は事業や手柄に至る一切の人間の仕事は全部、結果から判断すると、結び方の異なった気が、異なった方面に発現したまでのものだといえる。
人が子供の時の顔形を脱してだんだん大きくなり、いろいろの事迹(じせき)を外部にあらわすのは、一つの気を身体のなかに推しひろめて、四方にのび通すことによるのであって、これは身体が何処(どこ)までも長大になってゆくようなものだ。だから、その人の書いた字や造った工芸品や、築いた家や庭などをみて、その人の気象がどんなであるかが想像されるものである。

〔語義〕○気―万物生成の根源。○条達業Tの枝ののびるように四方にのびひろがる。

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