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温故知新――『散りゆく花』の場合

 アマゾンで『散りゆく花』を見た。劇映画の創始者としてのフリフィスが、『國民の創生』で大ヒットし、その金を注ぎ込んでつくった超大作『イントレランス』が大こけし、その後、チャップリンやメリー・ピックフォードとユナイテッド・アーティストという会社を立ち上げ、その一作目が『散りゆく花』で、これが大ヒットしてハリウッド映画の基礎を打ち立てた作品、という位置付けのようだ。私はその『散りゆく花』の実物を見ることはなかったが、見て驚いた。娯楽映画として、今、見ても十分に面白い。純愛映画だと思っていたが、いや、純愛映画であることは確かだが、サスペンス映画でもあった。

 ストーリーは、『イントレランス』で訴えた文明国家の野蛮さをメロドラマの形で告発しようという映画で、主人公は中国人の若者。彼は中国で我が物顔に振る舞う粗暴な水兵を見て、仏教の寛容の精神を教えるべく、ロンドンに行くが、ロンドンはそんなことは全く受けつけず、下町のチャイナタウンの一角で雑貨屋を営んでいる。その時、店の前を通る美少女に一目惚れするが、その少女は、街でボクサーをして金を稼いでいる父親から、いつも虐待されている。なにしろボクサーだから、栄養たっぷりの食事をつくるよう、父親に命じられ、その食べ残しをつまんで食べているような有様。少しでも意に沿わないと、鞭で叩かれる毎日。そんな虐待に耐えかねて、疲労と空腹で、中国人の店の前で倒れてしまう。店主の若者は、それが一目惚れした少女であることに驚くとともに、二階の寝室に寝かせ、食事を与える。

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 一方、父親は、今日もボクシングマッチで勝利し、家に戻って娘に食事を作らせようとするが、娘がいない。父親は激怒し、仲間に行方を探させると、中国人の二階でベッドに寝ていると報告を受ける。とんでもない不道徳なことだと、父親は激怒して娘を連れ帰り、鞭で叩いで折檻する。字幕に「I learn you!」と書いてあった。「覚えこませる」という意味が、ある場合は虐待になるわけだ。なるほど。それは兎も角、娘は物置部屋に逃げ込むと、父親は斧を振り上げ、そのドアを打ち破って、娘を引きずり出す。ここはまさに『シャイニング』そのままの場面で、キューブリックはきっとこの場面を知っていて、グリフィスの技法を使ったのだと思った。それだけ有名な映画だし、あり得ないことではないだろう。下の写真は、娘が父親に「笑え!」と言われて、口角を指で吊り上げているところ。この仕草は、以後、有名になったらしい。

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 その間、中国人の若者は、助けた少女が気になってしょうがないのに、父親の仲間たちに話しかけられたりして、自分の家に戻れない。それでやきもきしているが、なんとか部屋に戻ると、部屋の中は泥棒強盗にあったかのように、無茶苦茶な状態で、娘もいない。若者は娘がボクサーの父親に連れ去られたことを知り、用心のために隠しておいたピストルを手に、父親の家に行くが、そこには物置小屋から引きずり出されて、ひどい折檻を受けた娘が倒れている。娘をベッドに寝かせるが、すでに死んでいる。そこに父親が帰ってきて、中国人の若者に斧を振り上げて殺そうとするが、若者は父親をピストルで撃ち殺し、娘の死体を自分の部屋に運び、その前でナイフで自殺する……という話。

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 もちろん、警察がやって来るが、その前段として、警察署長が「今日、殺された人数は四千人だ。昨日より減っている」と、記者たちの前で軽口を叩いている。例の切り裂きジャックの記憶が、まだ新しいロンドンなので、それを風刺したのだろう。

 『散り行く花』の舞台は、太平洋を隔てたサンフランシスコあたりではないかと勝手に思っていたのだが、ロンドンだったのがまず第一に意外だった。でも、そのロンドンの様子は、チャップリンの『キッド』そのままで、『キッド』の場合は、浮浪児がどこかの店の外で空腹で倒れているところをチャップリンが見つけて、自分の部屋で、食事を与えていたが、その原型は『散り行く花』だったんだと、ちょっと牽強付会だが、思った。ただ中国人の若者が、まるで、老人のように背中を丸めてコソコソ歩いているのが異様だった。東洋人はみんなあんな風に見られていたのかなあ……。その点、西洋人の美女を手込めにしてしまうことでスターになった早川雪洲が、どう振る舞っているのか、フィルムを改めて見てみたいと思った。



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