『ローマの休日』とダルトン・トランボ
アメリカ人の新聞記者、ブラッドリー(グレゴリー・ペック)が、嘘を言ったら食いちぎられるという「真実の口」に手を突っ込んで、イタタタ! と言って、王女(オードリー・ヘップバーン)様を驚かせるというおなじみのシーンしか知らなかった『ローマの休日』を見た。
公開後、七十年近く経つが、観光都市、ローマの価値はこの映画で確立し、観光客は今も、そのイメージでローマを訪れるだろうし、ローマ市当局も、それを維持するように努めているようだ。でも、王女様の冒険がどのような結末を迎えるのか、想像してみたものの、見当もつかなかったが、私の想像の域をはるかに超えていた。
大半は、出来の良い観光映画と言っていいのだが、ラスト近く、アン王女が、自分は料理が得意でなんでもできるが、ただその機会がないのだ、とブラッドリーに言う。ブラッドリーは、「じゃあ、キッチンのある家に引っ越せばいい」と言う。ブラッドリーはプロポーズしたのだ。この時、ブラッドリーは、アン王女を、アーニャと呼ぶ。しばしの沈黙の後、私は帰らねばならないと言う。
次の場面は、フィアットの中の二人。アーニャは、ある街角で、「ここで降ろして」と言う。そこは、王女の国の大使館だ。アン王女は、自国に戻ることに決めたのだ。アン王女が大使館に戻ると、待ち構えていた大使が、国王陛下と女王陛下に、二十四時間、行方不明になっていた理由を説明する義務があります、と言う。王女は「私には、そんな義務はありません。自分が国(カントリー)と王室(ファミリー)に対する義務を有していることをわかっているから、戻って来たのです。さもなければ戻って来ませんでした」と答える。つまり、アン王女は――もちろん、名前を出しているわけではないけれど――新聞記者のブラッドリーと駆け落ちする可能性もあったし、そうしてもよかったのだと、大使に言明したのだ。大使は、黙ってしまう。 この後、復帰したアン王女が、記者会見に応じて、そこにブラッドリーもいて、最後の別れを告げる……というストーリーなのだった。
記者会見の場面を含めて、最後は二十分弱くらいだと思うけれど、思いもつかない、見事なシナリオだなー、いったい誰が書いたのかと思ったら、なんとダルトン・トランボだった。ハリウッドでは伝説的なシナリオライターで、マッカーシーの赤狩りに引っかかって、追放され、その後、現場に戻ったものの、数作で終わってしまったという悲劇的なシナリオライターだが、そのトランボが戦前に書いたシナリオを、戦後、加筆して仕上げたものらしい。なるほど、国家、政治に対し、個人(アン王女)の自由意志がくさびを打ち込む、というシナリオはトランボならでは、だ。
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