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「長屋紳士録」の位置

小津の『長屋紳士録』を見る。一度見たことがあるけれど、そこそこ面白い人情喜劇という程度の認識でしかなかったが、なかなかどうして、の作品だった。お話は、飯田蝶子演じる貧乏長屋のおたねというおおばあさんのもちに、住人の一人で、笠智衆演じる貧乏画家が、迷子になった子供、幸平を連れて現れ、今日一晩でも面倒を見てやってくれという。おたねばあさんは、そんなこと真っ平御免だ、私は子供なんて嫌いなんだと断るが、まあ、そう言わずに、とおしつけられる。その晩、公平はおねしょをした上、軒先に干しておいた「干し柿」をくすねた食べたと詰問をする。自分はゼッタに食べていないと言い張る公平。そのうち、干し柿を食べたのは、長屋の他の大人の男性であることがわかる。そんなところに旧友らしきちょっと美人タイプの女性、きくが居合わせ、子供だからしょうがないでしょう、ととりなし、餡子菓子を与えた上、十円与える。二人の会話で、幸平がふてぶてしく、案外、こういうタイプの子供が将来、大物なるかもいった話をしたことから、その十円で、宝くじを買え、とけしかけるが、もどってきた幸平は、何も当たらなかったと言う。それを聞いて、十円丸損したみたいなことを言う。ギャグの詳細は忘れたが、ともかく面白い場面だった。それでも、幸平少年の将来に期待するところの大きい、おたねばあさんは、小学校に入れようと思い、きくと三人で写真館で、記念写真を撮る。きくと三人で撮ろうというが、きくは、ここで眺めていると言って、ことわる。おたねばあさんは、写真撮影に緊張して幸平少年の帽子を直したり、カメラを見て、とか、いろいろ言うと、写真館の館主が「少し黙っていてください」と言う。これも全然、なんてことのない場面だが、面白い。喜劇演出は小津安二郎のお手のものだが、後で調べたら、この写真館の館主は殿山泰司だった。なるほどね。絶妙のタイミングだった。

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 ともかく、そんな風に大いに期待していた翌日、長屋に幸平少年の父親を名乗る人物が現れる。一週間ほどの付き合いでしかなかったが、幸平少年の母親として生きるつもりだったおたねばあさんは大ショックだが、小沢栄太郎が演じる幸平少年の父親は、とても真面目で、かつ知性もあると見て取ったおたねばあさんは、身を引くことを決意する……という映画だが、この後、『風の中の雌鶏』を挟んで『晩春』で、いわゆる小津映画のスタイルを決定づけるわけだが、紀子を常日頃、嫁に行けと言いながら、実際に嫁にやるとなるとショックを受ける、父親の心理は、公平少年を手放すに至ったおたねばあさんの心理的立場とほぼぴったり重なっている言っても、牽強付会ではないと思う。

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写真向かって左は、写真館の場面。右端に殿山泰司がいるはず。右は、小沢栄太郎の父親と幸平少年。

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