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1969年のティナ・ターナーと15歳の困惑

<文・牛島兄>

 JBやオーティスが動く映像より先に、ティナが動く映像を観た。15歳だったと思う。

 あらかじめ言っておくと、それに感動したとかそういう話ではなくて、それは15歳の自分を大いに困惑させるものだった。

 それは全く予期せぬハプニングとして、塾から帰りご飯を食べた後の平日の夜、自分の耳目に突然食い込んできた。その頃ロック音楽に目覚めた自分は、ローリング・ストーンズに夢中で、特に60年代終わり頃の彼らは退廃的なムードがあり、ロックンロールは怖い音楽。という認識を自分に植え付けつて、とにかく彼らに痺れていた。そこでVHSを借りて観たのが映画『ギミー・シェルター』だった。69年の「オルタモントの悲劇」(カリフォルニア州オルタモントで行われたストーンズ主催の無料コンサートで、警護を担当したヘルズ・エンジェルズのメンバーがライブ最中に観客の黒人青年を刺殺した事件)のドキュメンタリー映画である。

 愛と平和のヒッピームーブメントの終焉が記録された、全体的に寒々しい映画であるけど、その中でストーンズの禍々しいオーラを吹き飛ばすような異彩をひときわ放っていたのがこの無料コンサートの豪華な出演陣の中登場したアイク&ティナ・ターナーのステージ。このティナ・ターナーがとにかくすごくて一生忘れられない。

 照明の少ない地味なステージの上、薄い暗闇の中輝くスパンコールの極端に短いドレスを着たティナは、とにかく身体が大きい。肥満で大きいのではない。たくましい戦闘的な体つき、優雅な山脈というかんじである。ミック・ジャガーなんか、ひょろひょろの痩せっぽちな青年に見えてしまう。2人がケンカしたら勝者がどちらかは、戦う前から明らかだ。のちに映画マッドマックス3で悪役の女王として登場するが、すでにこの時点で悪役の女王シンガーみたいにしか見えない。

 なんか、すごい人出てきたなとたじろく自分を更に困惑させたのはティナのパフォーマンスだ。マイクスタンドを淫靡に撫でまわし、「ベイビー、あなたの欲しいもの、何でも買ってあげるわ、だってあなたは私の欲しいものを持ってるからね」と舌をなめずりまわしながらあの声で歌い、マイクにまるでhandjobするかのように指を這わせる。カメラはティナの顔にフォーカスしていって、彼女の褐色の顔が32インチのブラウン管いっぱいにドアップに映し出される。ティナの、美しい渓谷のような力強い唇。マイクの周りをゆっくりと顔を動かして歌う、歌というかほぼアイクとの閨房の語らいと化したティナ、その唇の動きはもうblowjobにしか見えない。「これは、、もしかしてアレやってんのか??」当然童貞であった15歳の自分の頭の中は突然現れたでっかいクエスチョンマークに押しつぶされそうになってしまった。

 15歳の自分に教えたい。

 アレです!!!!

 こんな映像を、家族のいる居間のテレビで流してしまった少年の気持ちを想像してみてほしい。幸い、他の家族は何か他のことをやっていて画面を見ていたのは自分だけだったが、ティナの喘ぎ声のような歌は家族の耳を塞がないかぎり防ぐことはできない。居間に不穏な空気が流れる。ここでビデオを止めることもできるが、それでは今流れているものを「そういうもの」として家族に、世界に対し認めることになってしまう。ヤバい。早く終わって次行って欲しい。早く引っ込んで欲しいこのエロい女の人。今回久しぶりに見直してみたらこのパートはわずか2分くらいのものだったが、あの時は永遠のように感じた。終わった後もまたあのエロい女の人出てくるんじゃないかとヒヤヒヤしてあまり映画に集中出来なかった。

 もちろん、ロックがそういう音楽であることは15歳の自分もなんとなく理解はしていた。ミック・ジャガーの歌うときの動きにだってそれはあったし、エルビスの腰の動きがそういうものだってことも知っていた。しかし、あのティナのパフォーマンスは戯画化された性行為、なんてものではなく、性行為そのものだった。

 そして、それは自分をヒヤヒヤさせつつ、どうしても目が離せない、優雅なオーラもまた放っていたのだった。あの時アイク&ティナが演奏していた音楽は、15歳の自分にはまだいい音楽なのかそうでないのかすら正直よく分からなかった(というか、音楽がちゃんと音楽として耳に入ってこなかった)が、あまりにあっぴろげなティナのパフォーマンスにも悪趣味な感じは不思議となかった。そこには権力への反抗だとか、スキャンダラスなことをやってみんなをびっくりさせてやろうという意図、後ろめたさも全くなく、とにかく生きることの喜びに溢れていた。そういう表現を目にしたのは、あのティナが初めてだった。セックスは、15歳の少年には謎が多かった(いまも謎っちゃ謎だ)(いややはり大いに謎だ)が、どうもあれは大変喜ばしいものであるらしい。ということは強く伝わった。

 その後、ティナの音楽はモッズを夢中にさせたアイク&ティナのSueレーベル時代、ノーザンソウルシーンで愛される音源のあるLomaやTangrineレーベル時代、Proud MaryやRiver Deep Mountain Highなどのヒットを飛ばす70年代初期なんかを中心に聴き込んでいくが、常に自分の脳裏に浮かぶのはあのオルタモントの暗闇の中、唯一ポジティブな空気を纏った褐色の女王ティナだった。 

 彼女がサイコパス夫アイクの深刻なDV被害者であったことは有名だけど、ステージで歌う彼女の映像を見ると、全くそんなことは微塵も感じさせない、永遠に生きていくような生命力に満ち溢れている。

 もうとにかく楽しいじゃないですか。

 寂しい。

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