『映画世界のダンディ』ザ・ビギニング

 ダリオ・アルジェントは「映画に『駄作』などない。どんな映画にでもひときわ輝くワンカットがある。」と言ったそうだけど、映画表現の技法についての知識が乏しい自分としては、「映画に『駄作』はある。でもどんなクソつまんない映画にでも、美女、美男、爆発、かっこいい乗り物、爆発するかっこいい乗り物、かっこいい服、怪獣、裸、だれかの死。のうちどれかひとつくらいはだいたい映っている。なら、まあいいじゃない。」といいたい。

 そういうわけで、みんなめいめい色んな理由、欲望をもって映画を観に行って、何かを持ち帰ったり、または何も残らずとぼとぼ帰ったりしてるのだろうが、わたしは内容はさっぱり記憶に残らなかったけど登場人物(おもに男性)が着ていた服、その着こなしが、妙に心に残ってしまうことが、けっこうある。人から「あれどんな映画だった?」と尋ねられても、内容はまったく覚えてないから「主人公がシャーク・スキンのスーツに、ピンクのシャツを合わせていたよ。」なんて答えしかできなくて、相手を困惑させてしまったこともある。アクションシーンのさなかにちらっと一瞬だけ見えた主人公が着ていた黒いドンキー・コートの裏地がきれいな赤のチェックで、それが気になってしまってしばらく映画に集中できなかったこともある。観てから長い時間が経って、もう映画の題名すらおぼろげになっていても、それらピンクのシャツやコートの裏地は自分でも驚くくらい、頭の中に鮮明に残っている。これらはもちろん、自分が映画とおなじくらい洋服が好きだからだろう。

 映画史をひも解いてみれば、映画の中における登場人物のファッションは決して軽い存在ではなかった(と、思う)。ジェームズ・ディーンが撮影時にたまたま着ていた真っ赤なスウィング・トップが、反抗する情緒不安定なティーネイジャーの象徴となったのはいわゆる「歴史」ってやつだろう。ただこの連載によってわたしが提案したいのは、別に映画におけるファッションの重要性ではなく、映画鑑賞のひとつの可能性って感じでしょうか。名優によるすばらしい演技や、監督の意匠・深いテーマ性を読み取る。素晴らしいVFX技術を楽しむ。もしくは、ひどい映画といわれてる映画のひどさをツッこみながら楽しむ。
 などといった映画のたくさんある楽しみ方の一種として、画面に映る洋服を楽しむ、というのがあってもいいだろうと思う。映画によっては、登場人物が身につけている服が映画の中の表現で重要な役割を果たすもの場合もあれば、ただ単に背景・舞台装置でしかない場合もある。そのどちらもここでは取り上げる。ただ、史劇などにおける「衣装」は、自分が意図するものは明確に異なるのでそれはここでは取り上げないと思う。よってこの連載の中で出てくるものは「現代」を舞台にしたものになると思う・・・が、もしかしたら自分も将来着物とかにはまったりすることがあれば、この基準もぜんぜん変わってきそうな気もする。ついでに書いておくとどうしても自分の好みのファッションの話になってしまうので1960年代~70年代に作られた、もしくはその時代を描いた映画が主になってしまうと思う。すいません。

 そして、その主題となる映画の登場人物のイラストを弟に描いてもらいます。我々は以前この「牛島兄弟」という名義で『だれかの映画史』というzineを発行しました。わたしの映画についての文章と、弟のイラストやコラージュ作品を並列して載せた内容になっています。その時は、私の選んだ映画と弟の作品にはほとんど関連がなかったのですが、ここでは思い切って弟に「絵師」になってもらいました。ちなみに人物のイラストはすべて黒の事務用ボールペンのみで描かれています。その不思議なタッチがネットで伝わるのか、それとも伝わらないのか、とても楽しみです。

 ちなみに今回は彼が「女性を描きたい」とのことだったので、前回とりあげた映画『サムライ』に登場する女性オルガン・プレイヤー(キャシー・ロジェ)のヒョウ柄コートがあまりにかっこよかったので描いてもらいました。オルガン弾くシーンもシャーリー・スコットばりにかっこいいです。この映画では重要な役どころで印象的なキャシー・ロジェですがこれ以外目立った映画出演がないのが大変残念であります。

 いろいろな楽しみ方を知っていたほうが人生、得である。おそらくそう遠くない未来、すべての劇場の入場料金が2000円を超えるだろう。その苦難の時代に向けて、我々人類(のうちの映画好き)はいまからいろんな可能性を準備しておかなければならない。2000円払って中心地まで行って休日の2時間をかけて観た映画になにも残らないなんてことが続いたら、月曜日の朝にオフィスや教室で猟銃を振り回す未来が待っている。

 映画の中で誰かが着ていた素敵な色のイタリアン・ニットがつい気になって、映画の帰りに同じようなものがないか街の古着屋を巡ってしまった、仕立て屋でスーツの生地を選んでいたら、題名も覚えてない映画の登場人物着てたスーツがさっと頭の中に甦った。

 この連載はそういうことについての文章です。


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