見出し画像

「東京のせい」

1年前の寒い季節の話

1月、長年崩壊寸前で堪えていたはずの心があっけなく全壊した。雪が降りそうなくらいに冷え込んだ夜のことだった。
産まれてこの方、愛と信じ切っていたそれが、精巧な偽物なのだということが明るみになった。全てを誰かのせいにしたかった。そうしないと立っていられなかった。

相応の見返りを求められるくらいなら、大事にされない方が生きやすいと思った。
だから、壊れた私を治そうとしてくれた人たちを突き放してひとりになった。その方が楽だった。

2月、やっぱり1人はつらかったのだと思う。心にも身体にも限界まで傷がついていた。痩せ細った身体には重すぎるエレキベースを構えて、音楽にしがみつきながら生きた。先のことなんて何も分からなかったから、目の前にある音楽を両耳から貪って、指先から吐き出した。上達したら必要としてもらえるのだと、愛してもらえるのだと信じて、下手くそなりに価値を掴み取ろうと足掻いた。

3月、バンドを組んだ。誰と居ても独りだった心が、少しだけ人を感じられるようになった。
なかなか決まらなかったバンド名は、結成からしばらく経って決定した。バンド名にちなんだ曲を、「花冷え」を書こうと思った。詞を世に出して、評価されて、この孤独を報ってあげたかった。

4月初旬、妹と2泊3日の旅行をした。心ごと誰かと過ごすことの楽しさを思い出してしまった。終わったあとの孤独を想像して怖くなった。東京に戻りたくなかったから、言葉にした。「東京のせい」という詞を書いた。

大事なものを大事にできなかったこと
知らない駅で始発を待ったこと
大人になったような気になっていたこと
傷つくのが怖くて1人を選んだこと
感情にのまれて何度も何度も間違えたこと
本当は子どものままの心が、泣き叫んでいたこと

これだけ私を分かっているのに、心を守るために傷をつけるという矛盾が拭えなくて、後にも先にも進めなくなっていた。

4月末、「東京のせい」のデモ音源が送られてきた。私の書いた詞が、曲になっていた。疾走感のなかに寂しさを含んだ、東京の夜を走り抜ける電車を思わせる曲になっていた。大袈裟じゃなく、救われた心地がした。自分が関与したものに救われるという感覚を、人生で初めて経験した。

もう家族や好きな人たちからの愛情に縋るのはやめようと思った。大事にしようがされようが、愛そうが愛されようが、寂しさに起因する自己陶酔も狂った倫理観も治せなかったから、考えることを辞めた。このバンドに支えてもらいながら、音楽をしながら、自分の足で立ってみようと思った。誰かに縋って公転しない人生を、疲れるし面倒だし苦しい道を歩んでみようと思った。

無償の愛なんて存在しないこと、見返り覚悟で愛されること。1月、偽物だと絶望した愛は、案外本物だったのかもしれない。一種の諦めだけど、愛に寄りかからない生き方を出来るようになった。自分の足で歩く私を好きだと思えるし、少しは胸を張って生きられるようになった。
嘘をついたら傷をつけてしまうし、倫理に反することで気持ちよくなるのはかっこ悪いし、誰かに気づいてもらいたいなら自傷じゃなくて言葉を紡がないといけない。信じてもらいたいなら信じ切らないといけない。
当たり前のことをできるようになっただけで大人の振りをするのは子供な証拠かもしれないから、自己満足に留めておく。

今日も、私たちの音楽を待ってくれている人がいる。私の拙い言葉を音楽にしてくれるバンドメンバーがいる。それだけで心が暖かくて、前を向いたまま歩けている。もう何ひとつ東京のせいにしなくても、生きていけると確信している。
愛情に寄りかかったまま倒れてしまわないように、同じ間違いをひとつも繰り返さないように、音楽の隣で生きる。
客観視した過去の苦しみを着実に言葉にして誰かを救える音楽になるまで、私は書き続ける。綺麗な芸術作品に閉じ込めて、評価されて、過去の私を救う歌を書き続ける。大切なものを手放すことで前に進んだ気になっていた頭の悪い私を救う歌を。痛くてもかっこ悪くても、書き続ける。

━━━━━━━━━━━━━━━

「東京のせい」

各駅停車じゃ もどかしくて
行き急いで また 乗り過ごして
快速だって 足りなくて
目的地はないのに

汽笛が鳴って 大人になって
手放したことすら 気づかずに
始発を待って 大人を知って
戻れなくなった

今日も 1人の夜の寂しさに縋って
間違えた
ずっと 子どものままで 揺さぶられた
心が
今日も 1人の夜の寂しさに縋って
間違えるなら
ここで 停めて 停めて


環状線じゃ つまらなくて
降りたホーム 知らない名前
乗り換え先の宛もなくて
目的地がないまま

そのままで そのままで
願う誰かを無視しては
暗い明日へ 暗い明日へ
先を急いだ

今日も 1人の日々の虚しさに焦って
つまづいた
ずっと 傷つくことを避け続けた
報いだ
今日も 1人の日々の虚しさに焦って
つまづくのなら
黒く 染めて 染めて

見慣れない景色 人影もなくて
窓越しの夜は 冷たく光って
どこまで行っても ひたすら不干渉で
交差する場所を探しているんだ
ふと 戻りたくなる

今日も 1人の夜の寂しさに縋って
間違えた
ずっと 子どものままで 揺さぶられた
心が
今日も 1人の夜の寂しさに縋って
間違えるなら
ここで 止めて 止めて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?