私と彼女 -裏- #7(+0.5)
一一季節は夏が終わりかけ、秋に差しかかろうとしていた。
涼しい風が頬を撫でる、少し胸がきゅっとなる。そんな頃。
とある人から少しだけだが兄貴について分かったことがある、と言われ嘘でも何でもいいからと私はすぐにその人物と会うことにした。
「カランコロン。」
昔ながらの純喫茶に呼ばれた私はその人物を探す。
私に気づいたその人は「あっ」と手招きをした。
「ごめん、遅くなったわ!」
息を切らして謝罪すると
「すまんな、急に呼び出して。」
とその人も頭を掻きながら私に軽く謝罪した。
私を呼び出したのは、中学のときの担任。
「いや、全然……。それより分かったことって?」
先生は言いにくそうに、
「兄さんの周りに居るそれらしき人物は分からないか?」と尋ねてきた。
「分からねぇからこうして先生の話を聞きに来たんじゃねぇか。」
少しイラついてしまった。
「そうかそうか、……実はな。」
先生は集めた情報を話してくれた。
要約すると、兄貴の同級生と名乗る女は高校の時生徒会副会長を務めており、兄貴と付き合っている噂が流れたそうだが、それは事実無根で兄貴はずっとそれを否定していた。
しかし、女の方は全くしなかった。それどころか噂がどんどん広まるのをただただ見ていたらしい。
そして兄貴が自殺未遂をした後から流れた噂は、女がほぼ裏で手を回していたと言う。
その後女は看護学校へ入学し、同級生たちにこう言っていたそうだ。
「私、彼をとにかく助けたくて……。それだけで入学したの。」と。
私はなんだか女の言動が薄気味悪くなってきた。
この話は全て女の中学からの親友(仮)と、高校や看護学校の同級生から聞いたそうだ。
そしてここからが担任の言いたいことだった。
それは本当に胸くそ悪い話だった。
「調べてくれてありがとう。……それ、きっと本当の話だ。でも、そいつは多分犯人じゃない。」
でも許せない。
その女がしたことを私は許せなかった。
真実を確かめたかった。
私はすぐに女を呼び出し、先生と分かれた。
女は待ち合わせ場所にいつも通りの雰囲気でやって来た。
「久しぶり。話って何だろ?」
私は怒りで怒鳴らぬよう、必死に感情を抑えた。
「あんたと兄貴のこと、聞きました。
あんたがなんで看護学校に通って、どうしてわざわざ兄貴の居る病院へインターンへ行っていたかも。」
「それは全部、彼の為だったけど……。それがどうかしたの?」
嘘つき……。
「それは上辺だけですよね、本当はもっと別の理由がありますよね。」
「例えば、どんなこと?」
私は深呼吸をして再度気持ちを整えた。
「結論から言う、あれもこれもあんたの中のシナリオなんだろ?悲劇のヒロインには、悲劇の素材が必要だもんな。それが兄貴だったんだろ?」
「なにそれ、どういう事か全然分かんない。」
女は苦笑いをした。
「兄貴が1度だけ目を覚ました時、なんでまた意識が無くなったか。それは恐らくあんたが兄貴に全身麻酔をしたからだ。
もしくは他のもの、医療に関しては浅い知識しかないからよく分からないが、量によっては意識不明になるはず。
私とあんたで見舞いに行った時、兄貴の腕には痣があった。多分あれは下手くそなやつが注射したか、止血する余裕がなかったからだ。」
焦った表情を隠すように女は一瞬宙を見た。
「でも証拠は?私がやったっていう確固たる証拠はあるの?」
こういうの、サスペンスドラマやミステリーでよく見るやつだ、探偵や刑事が事件の犯人を追い詰めて自供させるってやつ。まさか自分が同じことをするだなんて思わなかった。ほんとに人間ってこういう事言うんだな。
思わずふと我に返り、この状況に笑いたくなった。
それを押し殺して私は話を続ける。
「全部、あんたが仲良いと思ってる人から聞いた。その人達に全部話してたろ。中学の頃からずっと仲良かった人とか。」
「……え?」
少し戸惑った様子の女を横目に、私は伸びをして先ほど先生から聞いた事を女に全部話した。
女の親友(仮)の人は中学の時から、女の愚痴や不満などを日頃から聞かされていた為、どういう性格か詳しく知っていたという。
その親友(仮)曰く、女は高校の頃兄貴との事をよく話していたらしい。
「私みたいな良い子他に居ないんだから付き合ってるって言ってくれた方がお互いの為なのに。あの人って頭悪いのかしら。」
「自殺とかする人まじで居るんだねー、びっくりしちゃった。明日から私、可哀想な子として生きれるかもしれない……。」
「彼のお母さんに会ってきたんだけど、ちょっと挨拶行って泣いたらすぐ同情してくれた。これから仲良くしなくちゃ。」
「意識取り戻しちゃって一瞬焦ったんだぁ。だってさ、彼が普通の生活にもどっちゃったら私が可哀想な子じゃなくなっちゃうじゃん?」
私はこれを聞いた時哀れな人だと思った。
親友(仮)は何故女から離れなかったのかと言うと、女の父親がその人の上司だったからだそうで、その人自身も気が弱かった為なかなかそれができなかったらしい。
「ひとつだけ言っておく、私は刑事でも何でもない、ただの兄貴の妹で、真実が知りたいだけだ。
真相はあんたの口から全部聞かせてほしい。
しらばっくれるなら、今の話を全部警察に持ってく。証拠なんて揃えようと思えばすぐだ。」
女は下を向いて、暫く沈黙が続いた後に
「……私、本当に可哀想な子なのよ。」
と話し始めた。
「小さい頃から誰も私に見向きもしなかった。両親も、仕事ばかりで私のこと構ってくれたことなんて無かった。それで必死に気を引く方法を探したの。
小学生の時、自分で虐められてるフリをしたことがあった。そしたらみんな同情してくれて、先生たちもみんな心配してくれた。
でも両親は私に無関心だった。勉強をして有名な私立校に入ったらなにか変わると思った。
ずっと首席を保持したり、生徒会の副会長になったら変わると思った。
でも結局どれもダメだった。
やっとの思いで関心を寄せてくれたのが、彼の自殺未遂だったの。私にはそれしかなかった、やっとの思いで振り向いてくれたんだもの。
だから私が不幸でなくなったら両親は私に興味が無くなってしまうと思った……。
あの子が言った事は本当よ。
看護学校に入ったのも、可哀想で一途な私である為のシナリオだった。あなたが言っていたことで間違いはないわ。」
「ほんとにごめんなさい。」そう言うと女は大粒の涙をポロポロと流した。
「兄貴が死んだのは交通事故だったけど、あんたは兄貴の命に関わることをしたんだ。それは許されたことじゃないのは覚えて置いて欲しいし、私も許すつもりはない。
あと、残念ながらあんたの両親のそれは可哀想だとか思ってないと思う。多分、事件が起きたのを半分面白がって聞いてただけだ。」
私は女に少しだけ同情した。
女は嗚咽りながら暫く泣いたあと、少し落ち着くとまた口を開いてこう言った。
「ここまで知られてるから、信用も何もないのは分かってるし、当然のことだと思うんだけど。
私ひとつだけお兄さんのことでずっと隠してたことがあるの……。
でもこれは気を引こうとかそういうことじゃないし、信じるも信じないもあなたに任せるんだけど、
私、実はあなたのお兄さんが自殺しようとした理由知ってるの。」
一一え?
#7 -終わり-
*おまけ小説*
私とドーナツ
「ん〜、迷うなぁ。」
彼女がショーケースとにらめっこしている。
かれこれ10分くらいだろうか。
「このもっちもちのメープルがかかってるのも食べたいしー、期間限定のほうじ茶のも食べたいしー、チョコも捨てがたいよなぁ!うわー、クリームも食べたい……。」
「……なら、半分こする?」
提案してみた。
すると彼女の目がきらりんとした。
「いいの?!」
「うん、いいよ。食べたいの取りな?」
すると彼女は嬉しそうにドーナツを5個選んだ。
「5個も食べるの?」と聞くと
「だって!半分こだもん、これくらい食べれるよ?」
と当たり前かのように言われた。
(私、甘いの苦手なんだけどな……。)
お会計をして席に座る。
私はいつも通りコーヒーを頼んだ。
彼女がパクパクとドーナツを頬張る。
よほど美味しかったのか、念願だったのかは分からないが嬉しそうにモグモグしながら鼻歌を歌っていた。
そんな彼女を見て、私も一口食べてみた。
それはやっぱりとてつもなく甘かったけど、口からは「おいし。」と自然に言葉がこぼれた。
初めて食べたドーナツは、身体の中が溶けてしまうかと思うほど甘いのに、少しだけほろ苦がった。
それは、飲んでいたコーヒーのせいなのかもしれない。
私とドーナツ -完-
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