雨が止んだら -傘がない-
……なんてこった、私の傘がない。
確かに朝持ってきた。そしてこの傘立てに立て掛けておいた。けれども無い。
「くー、やられちまったかぁー!」
水無月雨衣、十四歳、下駄箱にて絶望。
今日は午前は快晴、午後から雨の予報だった。それは当たり、なんなら大粒の雨が降り注いでいた。いわゆる土砂降りである。
この中を傘なしで帰れって?そんな話があってたまるかってんでぃ。こちとら律儀にビニール傘を持って来たってぇのによぉ。
日本人はマナーが良いと言われている。現にスマートフォンが落ちていれば届けるし、なんなら一円玉が落ちていただけでも店のスタッフや交番に届ける人が多い。一円なんてほぼ意味を成さないのに、律儀に届けるのである。
しかし、事ビニール傘に関しては盗まれる確率が高い。なぜなのだ日本人よ。ワイ、ジャパニーズピーポー。
とてもお行儀の良い人種という認知なのに、何故ビニール傘だけは違うのだ。
しかし皆がそうなる理由に私は心当たりがある。と言うのも、過去にこんな話を聞いた事があるからで。
ビニール傘はどれも似ていて誰のものか判断し難い。故にどのビニール傘を取っても同じと言う事で、皆自分の物かどうか確認せずに持ってゆく。
率直に言うと、「ビニール傘は盗んでもバレない。」
そういう考えの人間が居るらしい。それにより、この平和な日本でも多くの人間が傘泥棒と化すのである。
この学校にもその類いの奴が居るのであろう。初犯か、あるいは常習犯か。兎にも角にも私は運悪く、その被害に遭った。
「あー、もうやだー!今週二回目ぇ!」
そう、盗まれたのは今週二回目なのだ。
なぜ、私の傘だけ、盗まれるのだ。もしかして私の傘って常に誰かに狙われている?
周りを見渡しあいつが犯人か、こいつが犯人かと疑ってしまう。今の私の目にはビニール傘ユーザーがもれなく犯人扱いなのだ。
ため息を吐き、項垂れている所に救世主が現れた。
「雨衣、なにをしているの?」
それは布製の傘を持っている巡ちゃんだった。そうだ、巡ちゃんがいた。
「あぁ、救世主君臨。あぁ、助かる。」
「あれ、傘は?朝持っていたでしょう?」
「わっちの傘はまたしても盗まれたのでありんす。」
心が全くこもっていない可哀想にを言われた私は巡ちゃんへ助けを求めた。
すると彼女は自分のカバンから折り畳み傘を出してきて「これ使っていいよ」と言ってくれた。一瞬喜んだが、違う。そうじゃない、そういうことでは無いのだ。
違う違う、そうじゃ、そうじゃなーい、と鈴木雅之の曲が頭の中で流れ出した。
「いや、違う。」
私が期待したのはそれじゃない。
「え?」
貸してやると言ったのに何故断るんだ、と思ったのか巡ちゃんの顔は少ししかめっ面になった。
私も、期待はずれの解答をした巡ちゃんを睨みつけた。それはそれはもう般若のお面のような形相で。
いや、それは言い過ぎか。でも俗に言う膨れっ面というのにはなっていた。
巡ちゃんは普段勘が鋭いのに、変な所で鈍感だ。
仕方あるまい、分からないのならば教えてやろう。
「もー、何で分かんないの!鈍感だなぁ、たまにはちっちゃい時みたいに相合傘して帰ろうよー!」
そう、私がしたかったのは相合傘だった。幼少期に大きな傘を二人で持っておつかいに行ったりした思い出のある事。
一か八かでこの提案をしてみたはいいものの、正直断られると思った。だって二人とも成長したし。昔は同じくらいの身長だったけれど、今の巡ちゃんと私は十五センチほど身長が違う。だから傘も斜めになって巡ちゃんが濡れるリスクの方が高い。
そんな不利な提案を巡ちゃんが了承するかというと微妙な所だ。
巡ちゃんは一瞬外の様子を確認した。
「んー、土砂降りだねぇ。」
あぁ、やはりダメか。ここは素直に折り畳み傘を借りるかと思った時、
「いいよ。」
巡ちゃんが了承した。
あら珍しい。意外と言ってみるものね。その後私はニヤニヤしながら巡ちゃんと同じ傘に入って帰る事ができた。
嬉しい、とても。今年起きた出来事で一番嬉しい。嬉しさのあまり巡ちゃんの腕に捕まってくっついて歩いた。
「無駄にくっついてくるのやめてよ。」
「えー、だって!こっちの方が濡れないよ?」
私は巡ちゃんにうるさいと言われながらもワーワー、キャーキャー言いながら帰った。
こうして帰れる日もあるのなら、たまには傘泥棒に遭ってもいいかな。今週はもうやめて欲しいけれど。本音を言うと、もうしないで欲しいけれど。でも、たまになら良いかな。
「巡ちゃん、楽しいね。」
「うん、そうだねぇ。」
巡ちゃんは遠くを見つめていたけれど、その顔はいつもより少し穏やかに見えた。
素直に言ってみて良かった。
しばらく歩いていると、巡ちゃんが思い出したように話始めた。
「あ、そうだ。雨衣、今日の事だけれど。」
「ん?何だっけ?」
あっ、と思い出した。
今日、巡ちゃんにあった奇妙な出来事。
巡ちゃんは転校生の入梅晴さんに屋上へ呼び出され、ヤンキー漫画の様な殴り合いが始まるかと思いきや、「名前を覚えておいて」と謎な事を言い残して彼女は急に屋上から飛び降りたそうだ。
けれど急いで下を確認しても、落ちた形跡は全くなかった。その後、巡ちゃんは私にそのことを伝えようと戻って来たのだが、私は何を言っているのか、何故慌てているのかよく分からなかった。
何故なら入梅晴さんは、巡ちゃんが戻ってくるよりも、十分ほど前に教室へ戻ってきて席に座っていたから。
驚いた様子の巡ちゃんに何があったのか聞いてみたが、何でもないと言って席に着いた。
その後入梅晴さんは何も言うことなく、私たちに何をするでもなく、普段通りに授業を受け、放課後いつも通りどこかへ居なくなった。
――「あれ、何だったんだろうってずっと引っかかってて。」
「入梅晴さんって謎しかないよね。いつの間にか居るし、いつの間にか居ない。」
「私ね、確かに落ちる瞬間を見たの。でも入梅晴さんは教室に居たんでしょう?」
「うん、巡ちゃんが戻ってくるよりも結構前に戻ってきたよ。屋上まで行っただなんて思わなかった。」
入梅晴さんは宇宙人なのかもしれない。いや、絶対にそうだ。
ではないとすれば……
大粒の雨が打ちつける親友との相合傘の中、私は少し臆病になった。
-傘がない-
〜終わり〜
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