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私と彼女 -裏- #1


 自分はいつ死んでもいい。
人生は孤独で、冷たくて暗い、煩くて痛くて価値などない。

 そう思っていた、彼女に出会うまでは一一。


 「早く死にたい」が口癖の私は人生という神様からの贈り物が歪な形でしかなかった。
 ちなみに神も仏も信じていない。

 「よぉし、これからキラキラでピカピカな素晴らしい人生を過ごすんだもんっ!」と意気込んだ生まれて2年目の春、電車の脱線事故で両親が死んだ。
 ばあちゃんの墓参りに行く途中だったらしい。

 私は何が何だかよく分からないまま遠い親戚に引き取られた。
 この出来事が正しく、私の人生が崩れ去った瞬間だった。これまで生きてきた中での汚点はと聞かれたら、真っ先にこのことを話すだろう。

 私を引き取った奴等はなんの恨みがあったのか、とにかく私を物みたいに扱った。

 物心ついたときにはもう押し入れの狭い隙間に収納され、かと思いきや何か怒鳴られながらぶん殴られ髪を引っ張られ引きずり回され、時には私の主食だったカップ麺と間違われてお湯が降り注いだこともある。おかげ様で私の太腿にはその痕跡が貼り付いて消えない。

 どう考えてもイカれてる。ちなみにこれは女の方で、男の方は私にニヤニヤと気持ち悪い顔で寄ってきては、色々とまさぐり、嫌がると殴っては私を使って自慰行為をした。

 そんな感じで、いつも泣きじゃくる私の手元には兄貴から貰った小さなおもちゃと、叔母が渡してくれた兄貴との写真があった。私にとってのお守り。

「お兄ちゃん、会いたいよ……」

 子供の手よりも小さいおもちゃは、兄貴がよく食べていたお菓子についているオマケらしい。
 それをコロコロとして遊んでは、最後に会ったときに兄貴がついた嘘を思い出して涙を拭っていた。

「兄ちゃんが必ず迎えに行くからまっててね。」

 その言葉だけを信じて、これまで生きがいにしていた。

 それが果たされることなんか、ある訳ないのに。

 あいつらは名前なんか呼ばない、笑ってる時は私が嫌だなと思っている時。「親」ってそんなもんだと思ってた。
 だから街中で見かける「普通」を見る度に違和感を感じていた。
 この二人はよく私に
「目が父親に似ててムカつく」
「綺麗な顔がお母さんそっくりだ」
と言った。
 どちらとも私の顔についてだった為、自分の顔が大嫌いだった。名前を呼ばれないのも、ぶたれるのも、気持ち悪いことをされるのも。全てはこの顔のせいだと思っていた。

 小学校にかろうじて通っていた頃、周りからはよく雑巾扱いされていた。それもそうだ、ボロボロの服に、お風呂もあまり入れて貰えない私が汚いモノにされない方がおかしい。

 そんな私を先生は絶対に名前で呼ばない。周りの同級生からからは雑巾、親代わりのあいつらからは「おい」と呼ばれる。そんな生活にいつのまにか染まってしまった。
 その後遺症なのか、未だに自分の名前がしっくり来ず、「おい」と呼ばれると勝手に身体が硬直し、反応してしまう。

 ただ唯一、私のことを名前で呼んでくれた女の子が居た。読書が大好きでメガネをかけてる女の子。
 その子は絵本や長編ファンタジー、偉人書まで毎日色んな本を読んでいた。新しい本を読む度に楽しそうに話してくれ、狭い世界で生きている私に色々な世界を見せてくれた。
 大好きな本の話をする横顔はとてもキラキラしていて幼い私にはとても眩しかった。

 ある日の帰り道、いつも通り歩いていると突然彼女が足を止めた。

「あれ、どうしたの?」
「あたしね、お引っ越しするんだって。だからお家も学校も、今と違うとこになっちゃうんだって……」

 彼女は寂しいと泣きじゃくりながら、もっと私と遊びたかった、一緒に居たかったと言ってくれた。
 そんなことを言われたのは生まれて初めてで、自分の存在を認められた気がして心が救われた。
 不謹慎かもしれないが、その言葉が嬉しくて思わず彼女を抱きしめた。

「あ、ごめん……」
汚いのに抱きしめてしまうだなんて、と恥じていると彼女は私よりも強い力で私を抱きしめてくれた。

「あたし、離れても忘れないからね。」


 中学に上がり、クソ親は小学校の時とはうって変わって、身なりだけはきちんとさせるようになった。おそらく、家に頻繁に来る児相への防衛だろう。とりあえず用意された仮面だった。
 家の中は相変わらずだったけれど。
 
 私はついでにこれまでずっと伸ばしてきた髪を短く切った。理由は何となく……というのが表向きだが、明確なものは、兄貴みたいになりたかったからだ。
 顔立ちと当時の一人称が僕だったせいもあり、男子には「おとこおんな」というありがちなあだ名で呼ばれ始め、バレンタインには女子から大量の貢物と手紙を貰った。

 そのおかげで今では甘いものが大の苦手だ。

 そして中学三年に上がったとき、親と今までにないほど揉めた事があった。

 高校に進学したい、させないの論争。
もちろん殴り合いどころか包丁が飛んできたこともある。それでも私はめげずに「進学したい」と言う意思を譲らなかった。

「あんたみたいなバカが高校なんて行ったって、所詮無駄金にしかならないんだからやめな!」
「あんたらみたいな人間とこれ以上暮らしたくねぇんだよこっちは!」

 学校へあまり通わせて貰えなかった割に成績の良かった私は担任からも有名校へ推薦してやるから考えておいてくれと言って貰えるほどだった。

 だから私は人生をこれに賭けてみたかった。

 進学が上手く行けば、人生の全てが変わる気がしたから。

 そして迎えた三者面談の日に、担任が進学を強く推奨してくれたが、親がそれに快く応じる訳もなく色々と言い訳をされ、面談を逃げられた。

 翌日担任から呼び出され、どうせ怒られるんだろうと思っていた矢先、意外すぎる言葉をかけてくれた。

「お前を県外の大学付属高校へ推薦しておいた。そこは寮もあるから親御さんとも離れて暮らせるだろう。どうだ?推薦入試受けてみないか?」

 初めて大人のことを「信用」できるかもと思った。
どうやら担任は私の出席状況や、小学校から今に至るまでの私を調べ違和感を感じてたらしい。
困ってるやつは俺が救ってやる系の激アツじじぃだったので、色々と手を打ってくれたらしかった。
「あとはお前次第だ」と言われ、私は間髪入れずに「受けたいです」と伝えた。
その後奨学金制度のことや、そういった子供たちのサポート支援があることなど教えてくれた。
生まれて初めての希望に心が震えた。

後日、その高校から返事が来た。
結果は「合格」。推薦入試への第一歩だ。
担任と2人で「よっしゃあ!」と廊下で叫んだのを覚えている。
これでやっとあの地獄から抜け出せる。私にも運が向いてきたのかもしれない。
「兄貴、私やったよ。」ポケットの中にあるお守りを強く握りしめた。

放課後、担任が女の方を呼び出してこの事を報告した。
今まで愛想笑いだったそいつは急に担任にキレ出し、私をいつも通りにぶん殴ってきた。担任が慌てて止めに入ったがそいつは暴れ、怒鳴り散らし、私はいつも通り耳を塞いで丸まることしかできなかった。
と、急に周りが静かになったのを覚えている。
顔をあげると担任が血を流して倒れてた。あいつの手にはクラスで使っていたガラスの花瓶があり、そこには血が滴り落ちていた。

担任は救急搬送され、女は傷害罪で逮捕された。それと同時に私への虐待が明るみになり、男の方も強制わいせつ罪で逮捕になった。
だが、残念なことに高校からは推薦入試への資格が取り下げられてしまった。
これからどうしようかと悩んだが、私はなんとか生きていた担任と相談し働きながら定時制高校への進学を決めた。
希望の進学はできなかったが、私にとっては今までの暮らしから抜け出せたのが本当に嬉しかった。

支援を受けながらの一人暮らし、昼間は必死で働き夜は必死に勉強した。
死にものぐるいだった。
高校卒業後は進学はせず就職を選んだ。
その頃にはやりたい事も変わっていた。

「やばっ!…遅刻!!!兄貴行ってきます!」
写真に挨拶をして飛び起きてから3分で家を出た。
(やべぇ、間に合わねぇー!殺されるー!)
めちゃくちゃ厳しくて怖い店長の居る職場はもちろん遅刻厳禁。
死にものぐるいで走っていると店の近くまで来たところで女の人とぶつかってしまった。
「っきゃ!」と尻もちをつく女性に「わぁー!すいません!」と謝るとその女性は驚いた表情で私に向かってよく知ってる名前を口にした。
「え?」と聞き返すと「あ、人違いでしたごめんなさいっ!あまりに似てたので…」と言ってきた。
彼女が口にしたのは私の兄貴の名前だった。

#1 終わり

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