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私と彼女 -裏- #2


「もしかして兄貴のこと知ってるんすか?」
その女性の返事を聞く間も無く店から店長がお怒りモードで出てきた。
「次遅刻したら許さねぇって言ったよなぁ?!?!」
私は慌ててその女性に謝罪し店長の元へ走って行った、引っぱたかれた。
慌てて後ろを振り返るとその女性はもう居なかった。
幻だったのか、その女性とはそれきり会うことはなかった。

「んあー!!」と店で叫んでいると後輩から「いつも以上にやばいっすね、どうかしたんすか?」と聞かれ、パズルを組み立てていたのに最後のピースが見つからない気持ちだと言うと「なんすかそれ」と呆れられた。

あの女性は誰だったんだ…。

その日は一日中その人のことを考えてモヤモヤとして仕事に手が付かなかった。
兄貴のことを知っている人物…。
それだけで私はあの女性にもう一度会たかった。どうにかして会えないだろうか。
「この街の女全員を探すことになるのか…いや、違う街から偶然来ていたとしたら…この県全体?!え、待てよ…この県じゃないとしたら…この日本ぜんっ…!いっっって!!!」
店長に引っぱたかれた。後輩はその後ろで笑ってた。あいつぜってぇ後でぶっ殺す。
「ぶつくさ言ってねぇでさっさと仕事しろ!このスカポンタン!」
「なんすかそれ?…いっって!!!」
引っぱたかれた。

そんな感じで数日が過ぎた。
結局あの女性とは会えず終いだった。
数週間後、私は忙しさも相まって女性のことを忘れかけていた。いや、忘れたかったの方が正しいかもな。

チリンチリン♪
ある日、忙しさもひと段落したところで客が来た。
「いらっしゃいませー!!!…あ。」

その客はあの女性だった。
「…こんにちは、お久しぶりです。」
深々とお辞儀をする彼女に私もお辞儀し返した。
とりあえず座ってくださいと言って席をご案内し、店長へ言って特別に休憩を早めてもらった。
「あの…それで…お話聞いてもいいですか?」
「はい…。」と言ってその女性はぽつりぽつりと話し始めた。

兄貴とは高校からの知り合いで同級生だったそうだ。
勉強もスポーツもとにかく兄貴は何でもでき、生徒会長を務めるなど、順風満帆な学生生活を送っていたと言う。
「そっか…兄貴元気なんすね。」
ほっと胸を撫で下ろしたところでその女性は重々しく、言いづらそうに
「あ、あの…そうなんですが…」と口を開いた。
そこからは耳を疑う話ばかりだった。
高3に上がった頃から、兄貴はあまり学校へ姿を見せなくなったそうだ。
彼女が何か聞いても「大丈夫だよ、心配しないで」としか言わなかったらしい。
「彼…凄く明るくて優しい人だったんです。ただ、その後からはどこか無理して笑っていたような、何かを抱えていたようなそんな感じがして…何度も理由は聞いてみたんですが答えはいつも同じで…。」
彼女はまた言いづらそうな表情をし、話を続けた。
「…秋の終わり頃だったかな。」
兄貴は突然校舎の屋上から飛び降りた一一。
「…え?」
理由はやはり分からなかったそうだ。
元生徒会長の突然の行動に学校中が良くも悪くも震撼し、色々な噂が立った。
「家が借金して暴走族に追われてたらしいよ」
「実はずっとゲイで悩んでたんだって」
「裏で身体売ってヤク中だったらしいよ」
ある事ないこと勝手に噂は広がりあっという間に学校中を埋めつくした。
空いた口が塞がらなかった私に対し彼女は
「…でも、運がいいことに命は助かったんです。それだけが救いで。」
その事件からずっと兄貴が眠り続けていることを教えてくれた。
それで私とぶつかったときに、あまりにもそっくりだった為、目が覚めたのかと思いびっくりしたそうだ。
彼女は最後に「こんなことお伝えして申し訳ありません。」でもどうしてもお伝えしないといけない気がして…と言ってやっと紅茶を一口飲んだ。

「あ、そうだ。」と言って彼女はカバンをゴソゴソし始めた。
出てきたのは、写真だった。
「彼、いつもこの写真持ち歩いてて。小さい時に離れ離れになった妹が居るって。可愛いだろうっていつも自慢してきたんです。」
幼少期に撮られたであろう写真。楽しそうにシャボン玉で遊んでる私と兄貴が写っていた。
「いつか迎えに行くって約束してるんだ。だから俺、何が何でも生きて約束守ってやんないといけないんだ。」そう言っていたそうだ。
普段人前で泣かない私だが、その時ばかりは涙を堪えることができなかった。
嘘なんかついていなかったんだ。ずっと私のことを覚えていてくれた。
嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなった…。

その日、彼女は「今日はこの辺でおいとましますね。」と言い、来た時と同じように深々とお辞儀して帰って行った。
私は兄貴になにがあったのか知りたい気持ちが抑えられなかった。何故兄貴はあそこまで追い詰められたのか、それが誰なのか。
絶対に暴いてやると誓った。
外は、春を告げる桜の花がまだ少し冷たい風に遊ばれていた。

#2 -終わり-



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