雨が止んだら -彼女の生態-
これはごくごく普通の、よくある話である。
ただ我々学生にとってはとても興奮することだ。
それは、校舎に犬が迷い込むという偶然的イベントである。
これは毎年あるわけでは無い。もしかすると、学生の間に出くわさない人もいるかも知れない。それくらいレアなことだと私は考えている。
そう思えば、今こうして突如校舎に現れてくれた犬を見れた我々はラッキーだ。
「巡ちゃん見て!運動場に犬が居るよ!」
現場に突如として現れた犬に気づいた私は、一刻も早く巡ちゃんに知らせねばと大声で彼女を呼んだ。
するとクラス中が騒めき、多くの民が私の居る窓側へとやってきた。みんなそれぞれ犬の気を引こうと必死になっている。ある者は指パッチンをし、ある者は口笛を吹いている。私はバチバチと手を叩いた。
「ほら、ポチおいでー!」
一階の理科室から犬を呼んでみる。
「決してポチではないと思う。」
「じ、じゃあジロー!……なんかしっくりこないな。」
「普通はタロウだからじゃないかな。」
ポチはひとしきり運動場を駆け巡ったあと、体育の授業が行われるクラスのところへ行って生徒達に遊んでもらっていた。
「良いなぁ、あれ一年生だよね?私もポチ触りたーい。」
「首輪をしているのね。どこからか逃げてきたのかな。」
ポチと戯れている一年生の方をボーッと見ていると、いつの間にか運動場に入梅晴さんらしきシルエットがあった。
「巡ちゃん、あれって入梅晴さん?」
「うん、そうだね。」
あれ?でも入梅晴さんは今日いつも通りみんなより早めに登校していたはずで、いつも通りどこかへ消えたはず。そうして気づけば今は運動場に居る。
さっきまで席に座って居なかったっけ?
「入梅晴さんって、本当にいつの間にか現れるよね。」
巡ちゃんも同じことを思っていた。
そうなのだ。彼女は本当に急に出没する、どこからやってきたのか分からない。遠くに居たかと思えばいつの間にか真後ろに居たりする。やっぱり宇宙人なのかもしれない。はたまたタイムマシンに乗ってきた未来人か。ともかく、SFガチ恋勢である私の心をくすぐって仕方ないクラスメイトなのである。
「あ……」
入梅晴さんがいつの間にかポチの近くに居る。あのロボットみたいな入梅晴さんが構って欲しそうにポチへと近づく。
「ほえー……」
クラス中のみんながあんな一面もあったのかと同じ反応をしていた。
そうして入梅晴さんがポチの真横に行って触ろうとした時、何かを察知したポチがワンワンと激しく吠えだした。それにアワアワと戸惑う入梅晴さん。
ちょっと面白い。そしてなんだか可愛く見える、みんなも少し笑っていた。
そんな様子がバレてしまったのだろうか、入梅晴さんが私たちの方へ目をやる。みんなが一斉に黙り、固まった。その時私と目が合った気がしたが、私の勘違いだったのか入梅晴さんは何事も無かったかのように目を逸らし、ポチにバイバイをしてその場を去った。
私は最近入梅晴さんとよく目が合う、気がする。じっと私を見ては何も言わずに目を逸らすのだ。
その視線は何故か怖い。今にも襲いかかって来そうな、でもどこか懐かしいような。ともかく何を考えているか分からない黒く冷たい瞳でじっと見つめられると、私はその場から逃げ出したいのに動けなくなってしまうのである。
「入梅晴さんって、何を考えて生きてるんだろうね。」
「私は絶対に宇宙人だと思う!家もきっと宇宙船だよ!絶対に!」
ニヤリとしたのがバレたのか巡ちゃんがある事を察した。
「ねぇ、入梅晴さんのことまた尾行しようとしていない?」
「ふふふ……」
退屈な授業を三コマ過ごした後、待ちに待った下校時間がやってきた。私と巡ちゃんは先程話した通り、入梅晴さんの後を尾行する。
「ねぇ、付いてきてなんなんだけど……やっぱりやめなよ。他人のプライベートだよ?」
「巡ちゃんは入梅晴さんのこと気にならないの?私と一緒に彼女の謎を解明しようよ!」
いつの間にか居なくなる入梅晴さんを私たちは見失わないよう、頑張って後をつけた。
改めて考えてみると、何故もっと早くこうして後をつけなかったのだろうか。そうしていれば、彼女の謎が沢山解けたかもしれないのに。
大通りを歩いていると、急に入梅晴さんはほぼ誰も通らない小道へ曲がった。
しめた!これこれー!私が期待していたものはこれだ。ここから変な道へどんどん進んでいって入梅晴さんは姿を消すに違いない!
そう思ったのも束の間、よく通るコンビニの前へと辿り着いた。
入梅晴さんがさらりと入店する。
「こんなショートカットできる道があったのね。初めて知った。」
「うんうん、小道専門家の私でも知らなかったよ!」
「あなたにそんな知識あったっけ?」
「あ!巡ちゃん見て!」
暫くすると入梅晴さんがコンビニから出てきて何やらホクホクしている。
何を買ったのだろうか……。
入梅晴さんが少し楽しそうに、でも周りを警戒しながらコンビニの袋へ手を入れ何かを取り出す。
「ほう。なぁんだ、メロンパンか。」
それはよくコンビニで売られている何の変哲もないただのメロンパンだった。
「雨衣、待って。まだ何かある。」
次に入梅晴さんが取り出したのは、納豆巻きだった。
そして、メロンパンを上下に割いて間に納豆巻きを挟んだ。
「うえ、なにしてるのあれ……」
「なんていうか、その……すごく個性的なものを生み出すんだね。」
しかし彼女の奇才クッキングはコレで終わりではなかった。
最後に取り出したのは、なんとウスターソース。それをドバドバと大量にパンと納豆巻きの間にかけ、奇才クッキングは終了した。
そうして彼女は待ってましたと言わんばかりに小さな口ながら大口を開けて一口食べ、もぐもぐしながら口元に付いたソースを舐め取る。その薄くて赤い唇は一気にソースで汚れてゆく。
「ねぇ、巡ちゃん。あれさぁ……」
「うん、すごく美味しそうに食べているけれど……」
「「とても不味そう……」」
オエッとなっているところに追い討ちをかけるよう最後に彼女が袋から取り出したのは2Lパックのオレンジジュースだった。
なんという組み合わせだ……最悪だ……
それをさも当たり前かのように、組み合わせが抜群かのように美味しそうに飲んでいる。
これには流石の私も巡ちゃんも開いた口が塞がらなかった。
しかし、今日は入梅晴さんの色んな面を知れて少し嬉しかった。
やっぱりちょっとおかしいけれど。いや、大分おかしいけれど。でも、入梅晴さんの好きな物を知れたのは彼女に近づけた気がして嬉しかった。
「なんか、今日はもうお腹いっぱいだね、なんなら吐きそう……」
「そうね……帰ろっか。」
私たちは尾行を辞め、自分たちの帰路へとついた。
黒く冷たい瞳が私たちの背後にある事に気づかず。
-彼女の生態-
~終わり~
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