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私と彼女 -裏- #4(+0.5)


兄貴は声を出したいけど、出し方を忘れた様だった。
ただ私の事は覚えているらしく、涙がツーっと流れた。
「あに…!お、お兄ちゃん私のこと分かる?!」
微かだが頷いてくれた。
その後兄貴は目で部屋を見渡しここが何処か把握しているようだった。
私は慌てて外にいた女性へ話しかけた。
「…兄さん、起きた。」
えっ!と驚いた表情の彼女は先生呼んでくる!と言い慌ててナースステーションへ向かった。

兄貴はやっとの思いで小さな声を発した
「…れ、なんで…てるの…」
「え?なに?」と自分の耳を兄貴の口元へ持っていきもう一度聞く。
「俺…、なんで生きてるの…」
そこへ医者が到着しすぐに病室が慌ただしくなった。
肩をトントンし、意識の確認をする人。
脈拍などの数値計を確認している人。
医者は目元に光を当て瞳孔の動きを確認して他の看護師へ指示をしている。

あの女性はと言うと
「よかった…本当によかった…。」
と言いしゃがんで泣いていた。
私は彼女の元へ行き背中をさすってあげた。

容態の確認が取れた頃、見知らぬ二人の男女が慌てて入ってきた。どうやら夫婦のようだ。
その瞬間私は気づいた、兄貴の引き取り手の人達だ。
とても綺麗な服を着ていて、見た目もとても…金持ちっぽかった。
そういえば、確かに部屋も個人部屋で綺麗だった。

その夫婦は兄貴に近寄るなり、頬を触ったり、頭をクシャクシャにしたりでとても嬉しそうだった。
「本当によかった…。」

その幸せ空間に一人取り残されていた私がその様子をまじまじと見ていると、奥さんの方が見たことない人間がそこに居ることに気づいた。
「あなたは…この子に弟なんて居たかしら?」
え?と旦那さんの方も私を見る。
「あ…こんななりですみません、一応妹です。」
と言うと少し驚いたものの、そう…と嬉しそうに微笑んだ。

私は、なんだかいたたまれなくなり病室を飛び出した。
一人の帰り道、自然と涙が出てきた。
安堵と、ショックで私の心はぐちゃぐちゃだった。
それ以来私が兄貴の所へ行くことはなかった。


眩しいくらいに晴れた気持ちのいい日、久しぶりの休みに浮かれていた私はよく遊びに行く飲食店へ顔を出した。
そこで彼女に出会った一一。

トイレから出たときに「ふぁえ?!」と変な声を出した女の子に思わず爆笑してしまった。
また男に勘違いされてしまった。…当たり前か。
「よく勘違いされるけど、一応女ね。」
口を魚みたいにパクパクさせる彼女があまりにも面白かったので笑いが止まらなかった。
彼女は赤面したままトイレに入った。

と、何か懐かしいような気持ちになった。
「あの子どっかで…」
ハッとして、それを確かめたくなった。

直ぐに席に行くのはちょっとなと思い自重して彼女を遠目から見つめた。
「マスター、あの子よく来るんすか?」
仲のいい髭ダンディズムなマスターに聞いた。
「最近たまーに来るかな。いつもあそこで本を読んでるよ。」
これはほぼ確。
私は彼女の席へ行き、話しかけた。
「ねぇ、私ここよく来るんだけどさ、君もよく来るの?」
「…ここの店のパスタ美味しいよね。マスターが手作りしてるこだわりのでさ!」
…やべぇ反応がない。
これじゃ周りからみたらナンパに失敗してるただの痛い輩だ。
ふとテーブルを見ると隅っこに本が置かれていた。それは彼女が昔から好きな作家の少し気味悪い小説だった。

「…その本さ、面白いよね。」
(これでどうだ!!頼む…!!!)
え?とした顔の後に
「この小説、知ってるんですか?!」パッと彼女の顔が明るくなった。
ビンゴ、おめでとう私。ありがとう私、よくやった!よく覚えてた!(だって気味悪かったもんな)

そっから私と彼女は色んな話をした。
ほぼ本の話だった、彼女はやっぱりキラキラしながら話していた。
昔のように。
私も少しだけ自分のことを話した。

「なんだか、なんでだろ…あなたと話してると小学生時代に仲良かった子を思い出しちゃいました」ふふふと彼女は笑った。
覚えてくれていたことがめちゃくちゃ嬉しかった。
(それ私…!!!私なんだよなぁ!言いてぇー!
でも幻滅されたらどうしよう…)
急に怖くなった。まだやめておこう。その時が来たら自然と話せるはずだ。そう思って、

「ねぇ、連絡先交換しない?」

思わずナンパしてしまった。
だってまた会いたかった…。今日限りとか絶対嫌だった。
引かれたかと思ったが彼女は「ぜひ」と笑って交換してくれた。

それから私たちはよく会うようになった。
本屋さんや、私の働く店などがほとんどだった。
会っては色んな話をした。
本の話はもちろん、今の会社の愚痴や、たまに会う友達の話など。
彼女は相変わらず明るくて表情がコロコロ変わる面白い子だった。
変わってないなぁ…と彼女を見つめてると、
「わぁ、ごめんなさい!私話すぎだった?」と不安そうにしたのでそんな事ないよと笑った。
このまま、この日々がずっと続けばいいなと心から思った。

#4 -終わり-

*おまけ小説*
僕と店長

店長は店の中では絶対タバコは吸わないが、女性にしては結構なヘビースモーカーだ。
先輩はそんな店長に対し、いつも
「うわっ、店長またたばこくさいですよ。」と言って引っぱたかれている。

僕的にはそんな匂いは全くしないので、多分先輩のおふざけだ。
あの人は本当にふざけるのが大好きで、でかい声ばかり出す。
たまには静かにできないんだろうか。

先輩がまたどこかへ飛び出して行った日、僕は店長と二人になった。
店をCLOSEしたところで店長がいつもタバコを吸う所へ行き、ずっと気になってたことを聞いてみた。
「店長、タバコってうまいですか?」
その質問に眉をしかめてこう言った。
「まぁ…あんまりかな。」
フーっと煙を吐き出す。
「え、じゃあなんで吸ってるんすか?」

「んー…そうだなぁ。昔好きだった男が吸ってたのさ。それまでは、全然興味がなかったどころかむしろ嫌いだったよ。」

うあ、なんか店長の触れてはいけない所へ触れてしまった…!
なんか乙女なとことか聞きたくなかった!
想像したくない!!

「…その人と、同じタバコなんすか?それ。」
でも僕の中の興味は抑えられなかった。

「いや…、その人の吸っていたタバコはもう分からんよ。そもそも銘柄も、どこに売ってるかも若い私には分からなかったからな。
そのうち色んなのを試してみたんだが、余計迷走しちまってこれに落ち着いたのさ。」

へー、と相づちすると店長はまた煙を吐き出した。

煙は空へ登っていき、雲に溶けていった。

「…ま、童貞のお前には分からんか。」

「童貞じゃありません!!!」

僕と店長 -終わり-

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