見出し画像

雨が止んだら -ズルをした-

 
 私はズルをした。

 「ズルをした」といっても、大袈裟なものでは無いし、誰でもするような些細なことだ。
例えば、道に落ちていた小銭で駄菓子を買ってしまうとか。
そういう感覚のもの。

 誰にも責められはしないけれど、なんだか心の中がモヤついて仕方ないというか、神様はそれを見ていていつか誰かに怒られるような気がする、というか。

「……それで、何をしたんだい?」

 誰も居なくなった教室で質問きてきたのは、水無月みなづき 雨衣うい
彼女は私の親友だ。古くからの親友。付き合いは約十年ほど。出会ったのは幼稚園で、私が丹精込めて作った泥団子を潰したイヤな子だった。
そんな彼女と私が何故仲良くなったかは追々おいおい説明するとしようか。

「やっぱりなんでもない。そんな大した事じゃないし。」

話すのを辞めようとしたが、それでも彼女は問いただしてきた。
一度気になると、解決するまで問いただすのが雨衣という人間だ。
流石に折れて白状した。
切り出し方を、ズルしたことがあるかとの問いと共に。すると、雨衣が首を傾げた為本題に入った。

「ドリンクバーでさ、紅茶のパックとスティックの砂糖を持ち帰ったの。」
「なにそれ、皆やってない?特におばさんとかさぁ。」
「うん。まぁそうかもしれない、でも違うの。その紅茶、イチゴのフレーバーは最後の一個だったの。」
「んー?つまるところ何が言いたいんだい?お嬢ちゃん。」
「えーっと、その……誰か私より飲みたかった人が居たんじゃないかなって。」

 バカみたいな事かもしれないが、そんな些細なことでここ二、三日ずっと悩んでいたのだ。
些細なことすぎて誰にも言えずに。
普通の紅茶(アールグレイとか、ダージリンとか)ならまだ沢山あるだろうし、罪悪感も少なかっただろうけれど、私の中ではフレーバーティーだったことがどうも引っかかってしまっていた。
もしかしたら、その紅茶を心から楽しみにしていた人が居たかも知れないとか、余計な事を考えていたのだ。

「いいんじゃない?それも偶然で必然で運命だよ。」
「なにそれ?」
「つまりじゅんちゃんが手にするってのが決まってたってこと。それにそれって別にズルじゃない。」

 たまに、ごく稀に。彼女の言葉がまともな時がある。言っていることがほぼちんぷんかんぷんなのが彼女なのだが、たまにハッとさせられることを言う。
考えに考え抜いて出た言葉というよりは、本当に偶然的に発せられる言葉だ。
現に今、私は少しだけその言葉に救われた。そうか、そうだよな。私は別にズルをしたわけでは無いのだ。
物を買う時だってそう、私は一度その場を離れる。そしてまた来た時にそれが残っていたら運命だと思って手にする。
それと同じだと思った。

そんな事を考えていると、雨衣はまたよく分からない話の切り出し方をした。

「ねぇ、イチゴって漢字書ける?」
「草冠に母?」
「大正解。」
「なに急に。」
恐らく彼女は「なんで草冠に母なんだろうね?」とか考えている。

「苺ってさ、名前にしたら可愛いよね。如何にも女の子って感じがしてさぁ。」
「そっち?」
「ん、何が?」
「いや、なんでもない。」

 予想が外れたのがなんとなく悔しかった。
雨衣のことを全部分かっているような勘ぐりをしてしまった、少しの恥ずかしさも合わさって。

「私も可愛い名前が良かったなー。」
「でも、雨衣って可愛い名前じゃない。私は好きだよ。」
「それを言うなら巡ちゃんだって私は好きだよ。なんか格好良さもあるし、凛としてるし!私はただ、産まれた日がちょうど六月で、雨が降ってたからってだけのことだよ?」
「それを言うなら、私は六月生まれというだけのことだよ?」

 そう、雨衣も私も六月生まれで、そのお陰もあり仲良くなった。
最初はそれだけだったが大きくなるに連れ、名前の付き方も二人してかなり安直だったと知る。
 雨衣は雨の日に産まれたし、響きも可愛いからという理由で付けられたらしく、一方の私は英語で六月がJuneだと言うだけで名前が巡になった。
雨衣に関しては、水無月もついているから、さらに梅雨の女という感じが増す。
本人曰く「自分の人生は雨の呪いに侵されている」だそうだ。それを信じてやまない。

事実、彼女は大の雨女だ。
それは私も然り。
小学校は、同じクラスになろうものなら行事はだいたい雨。
運動会も遠足も何度中止や延期にしたか分からない。
その度クラスの人間から「雨女コンビのせいだ」とからかわれ、時には本当に怒られていた。
近々行われる体育祭もきっとそうなるだろうと予想している。

「あー、人生やり直せるならそうしてみたいもんだよー。」
「どうしたの?急に。」
「もし何かのきっかけでできるとしたら、絶対晴れ女になってやるんだ。雨降る前って毎回頭が痛いしさー。学校の行事もちゃんと晴れた日にやってみたいしさ。」
「あぁ……確かにそうだね。」

人生をやり直す、何故かその言葉に引っかかった。特に意味はないけれど。

「ねぇ巡ちゃん、今日買い食いしに行かないかい?」
「えー、やだよ。下手に誰かに見つかりたくないもの。」
「もうっ、巡ちゃんて本当真面目だよね。ぷんぷんっ。」
「ぷんぷんってのやめなよ、苺ちゃん。」
雨衣を苺ちゃんと言ってからかうと、彼女は満足気に「その反応を待ってた」と言わんばかりにニヤついた。

そんな話をしていると、先生が教室の様子を見にやって来た。
水無月みなづき日比野ひびの。まだ居たのか、早く帰りなさい。親御さん心配するぞー。あと買い食いはやめなさい。」
「うげっ、先生だ。」
「うげとはなんだ、うげとは。」
「はいはい、今帰りますよー、仕方ないなぁ全く、やれやれ。」

雨衣は何度も仕方ないなぁと言い、おばあさんのように重たそうに腰を上げた。
先生に促されては仕方がない。
今日はここから退散するとしよう。

「よし。じゃあ帰ろうか。」
「あいつ先生の中でも特にうるさいからなぁ。仕方ねぇ、お暇しますか。」
「雨衣、なにで帰るの?」
「あーしは今日自転車なんさ!」

三階の教室から降り、下駄箱に着くとちょうど雨が降ってきた。それは次第に強くなり結構な大雨になってしまった。
「あーあ、帰ろうとしたらこれだね。」
「巡ちゃんって本当に雨女だよね。」
「それは、あなたなのよ。」

お決まりの言い合いっこをしていると小雨になってきた。
私たちはその隙にと思い切って外に出た。

私は雨衣に、気をつけて帰ってねと言った。
雨衣は巡ちゃんもねと返してきた。

そこから歩いて十五分、走れば十分かかる家への帰路に着く。
その途中、色々な事を考える。例えばさっき雨衣と話したこととか。

「人生をやり直す、ねぇ。」

 私と雨衣は似た者同士だ。
同じ歌手が好きだったり、椎茸が嫌いだったり、普通の名前に憧れていたり、雨女だったり。
でも、「人生をやり直したい」というところだけは違った。もしやり直しできたとして、雨衣と出会えない世界線だったらそれはそれで悲しい。
彼女は、雨衣は、私にとってとても大事な親友だから。

その話と共に、先程の雨衣の言葉が蘇ってきた。

「巡ちゃんが手にする事は偶然で必然で運命だった。かぁ……」

一人ぽつんと呟いた。
雨の音でかき消されてしまうほどの小さな声だったが、周りに響いてるような感覚だった。
 もしも運命が存在するのなら、雨衣との出会いもそうであってほしい。それが、偶然で必然で運命で。何度人生をやり直しても出会える存在であって欲しいし、そうなる存在でありたい。

雨は相変わらずしとしと降っている。
早く帰らねば風邪を引いてしまうだろう。

「また明日。」
そう言って私はまた歩き出した。


その日、私はまたズルをした。


「ズルをした」
~終わり~

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?