次回の人類アップデート内容に関するお知らせ

『次回の人類アップデート内容に関するお知らせ』
 いつものように世界掲示板が点滅し、アップデート内容が表示された。
 次回アップデートは三か月後。次は人類に七本目の指が追加されるらしい。
「いや、さすがにゴミアプデ過ぎない?」
「二百年前の“六本目の悲劇”をもう忘れたのかよ」
「五本ですら持て余していたぞ」
 人間たちは口々に文句を言った。
 中には「いや、六本目だってなんだかんだ使うし、七本目も数年で慣れるだろう」という声も上がったが、その度に馬鹿にされ迫害された。
 人類が創造主と遭遇してから千年近くが経った。創造主は思い描いていたよりも上位の存在ではなく、意思疎通もできるし喜怒哀楽も持ち合わせていた。
 人間はそこに付け込んだ。幾度に渡る大規模戦争のお陰か、人間の悪意はついに神をも上回ったのだ。
 数年に一度、人類はアップデートされる。アップデート内容は神が決定するということが、創造主の最後の抵抗らしかった。
 今までに行われた中で一番大きかったのはやはり寿命システムの撤廃だろう。人間は自ら活動を停止しない限り、もしくは他者から無理やり活動を停止させられない限り、永遠に生きられるようになった。また、魂のデータを読み出すことでいつでも停止した瞬間から生まれ直すことができる。
 人口問題を解決するアップデートでは、世界は五つに複製され、自由に行き来できるが基本的には干渉し合わないようになった。五つの世界はそれぞれ独自の文化を築いているので、永遠の命の課題である「退屈」問題も少し解決し、珍しく大半の人類が神アプデだと言っている。
 他の神アプデは世界言語の統一くらいだろうか。
 ああ、賛否両論のあるアップデートは性別の撤廃かな。
 個人的な恨みから社会的な大問題まで、性差によって引き起こされる事件というのは尽きない。それを解決しようとした神が性別を撤廃したのだ。これにより有性生殖活動、ひいては性欲が消失したため、結果的に性差による事件はまったくなくなり、人口問題の解決にもなった。一応生殖活動自体は可能である。
 このアップデートにより、人間は一層個人単位で評価されることになり、どちらかというと旧男性の方が批判寄りの意見が多かった。ただ、今まで女性だからという理由で好感を得てきた少数の旧女性からも批判の声が上がっている。
 結局はアプデ前後でどのくらい自分が楽になったかだけが判断基準なのだ。
 それに、性差や寿命がなくなっても未だに争いは絶えない。
 むしろ、より個人が尊重される退屈な世界だからこそ、争いが絶えないのかもしれない。
 人間、退屈だとほかにやることがなくなるらしい。
 さて、歴史の振り返りはこのくらいにして、今回のアップデートを見てみよう。
 七本目の指。
 いらねぇ。
 世論を見るとやはり文句を言っている人の方が多いようだ。特に手袋メーカーからの批判がすごい。
 ただ、ここ五百年ほどはどんなアップデート内容が通達されたとしても、批判の声の方が多く上がっているように見える。思考情報伝達機能の追加や小世界構築能力の開放などは相当いいアップデートだったように思うけれど、結局人間は批判から入ってしまう生き物のようだ。
 最近は創造主も疲れてきているのか、まともに人間界に顔を出すこともなくなった。初めのうちはいちいち感想を聞きまわって、むしろ人類の発展に尽力的だった気もするが。
 まあ、これだけ文句を言われたら仕方ないか。
 と、世界掲示板の前で思案していると、突然「あのさあ!」と大きな声が頭に響いてきた。思わず頭を押さえる。まわりにいた数人も同様に耳を塞いでいた。この発言者、思考情報伝達の音量調節機能がぶっ壊れてるんじゃないか?
「そんなに毎回文句言うならもうアップデート内容を見に来るのやめろよ!」
 それが至極人間らしい発言だったので、思わず声の主を探した。
「文句言うために集まって、どんなものが来ても文句言って。自分が気持ちよくなってそれではいまた数年後? 勝手に自分だけ気持ちよくなって周りとか創造主がどんな気持ちになっているのか考えたことあるのかよ」
 正論に聞こえる。
 正論に聞こえるけれど、そんな単純で若い意見に絆されるほど、掲示板を見ている人間たちは新鮮ではない。腐っている。
「はいはい。そうやって大人数相手に文句言って、気持ちいいですね」
 ほら。ドストレートに言い返されている。だから誰も声をあげないんだよ。
「そうやって揚げ足ばっかりとる人生、そろそろ活動停止したらどう? 楽しいのあんただけだよ」
 しかし負けじと言い返していた。普通ならここで折れるのに。少しだけ見直した。
「まあいい。別にお前らがどうとかはどうでもいいんだ。神様。創造主。あんたもそろそろ文句ばっかり言われるの疲れただろ? 次回のアプデ内容考えたからさ、検討してみてくれよ。これなら絶対批判されないから!」
 そう言って声の主は神様に情報を飛ばし、どこかへ消えていった。
 その後なんだったんだ、と口々にざわめきが広がっていき、誰にも文句を言われないアップデートなんてあるわけないだろ、と嘲笑の的にすらなっていた。

そして数年後。
『次回の人類アップデート内容に関するお知らせ』
 いつものように世界掲示板が点滅し、アップデート内容が表示された。
 次回アップデートは今この瞬間から。珍しい。いつもなら数か月後に試行なのに。
次は人類から「批判」が消えるらしい。
「へえ、神アプデじゃん」
 誰かが言った。それに呼応するように、賛同する声が上がっていった。
「神アプデじゃん」「いいこと考えるね」「楽しみだ」「神アプデじゃん」「神アプデじゃん」「神アプデじゃん」「神アプデじゃん」「神アプデじゃん」「神アプデじゃん」「神アプデじゃん」「神アプデじゃん」「神アプデじゃん」「神アプデじゃん」「神アプデじゃん」「神アプデじゃん」

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