岡山大学のウーマン・テニュア・トラック・ジュニア制度(WTT jr制度)についての非公式解説(推測含む)

 岡山大学のウーマン・テニュア・トラック・ジュニア制度とそれに対する批判

 某所で岡山大学のウーマン・テニュア・トラック・ジュニア制度(以下では、公式の略称WTT jr制度を使用します)について問題になっていたようですので、日本の大学の出す文章の分析という観点からこの問題について眺めてみようと思います。なお、私は少なくとも現在は岡山大学と無関係です。

 このWTT jr制度について、あるところでは、引用はしませんが、学部卒の女性を一年(更新なし)で雇うとはテニュア・トラックというよりテニュア・トラップではないか、とか、男女共同参画といったものへの基礎的な理解が欠けている、といった批判が寄せられました。

 ただ、岡山大学の文書を読む限り、募集要項などの書き方が雑だなぁとは思ったし、こういう批判が出てくるのもわからないではないものの、このような批判はあたらないのではないか、というのが私の考えです。以下、順を追って説明していきます。

 テニュアとは。そしてテニュア・トラックとは

 まず、テニュアという言葉、そしてテニュア・トラックという言葉については、大学での研究に携わったことのない方には耳慣れない言葉ではないかと思います。

 テニュアは、一般的には終身在職権のことを意味しており、民法・労働法的には期間の定めのない雇用形態のことを意味します。そして、テニュア・トラックは、期間の定めのある雇用形態(5年とか7年とかの有期雇用契約)の途中または最後に、その期間中の研究業績などからその研究者にテニュアを与えるかどうか(従って、終身在職権を与えるかどうか)を審査し、適切だと思われる場合にテニュアを付与する制度です。

 テニュア・トラックは日本だと最近導入されている制度ですが、アメリカなどでは割とメジャーな制度のはずです。メリットは、最初からテニュア付きで採用すると解雇ができないので、採用にも保守的になりがちなところを、一定の期間は審査期間とすることができるので、チャレンジングな研究をしている研究者についても採用の機会を設けることができる、というところでしょうか(ここでは、とりあえず良い面だけ書いておきます)。

岡山大学のウーマン・テニュア・トラック制度

 岡山大学には、テニュア・トラック制度のうち、特に女性に特化した「ウーマン・テニュア・トラック制度」なるものがあります。これは、女性のみを候補者とするテニュア・トラック制度です。特に女性の場合、典型的には出産といったライフイベントによるキャリアの中断がありうるので、そういった方を含めた研究者養成・教員採用を狙った制度だと思われます。

 そして、この度批判の対象になったのは、そのジュニア版というか、「WTT jr制度」です。この募集要項は岡山大学のホームページから(https://www.okayama-u-diversity.jp/wp/wp-content/uploads/2021/01/r2_wttjr_youkou_22010129.pdf)ご覧いただくとして、この制度が何を狙った制度なのか、ということについて、非公式の解説というか推測をしたいと思います。

岡山大学のウーマン・テニュア・トラック・ジュニア制度(WTT jr制度)

 「WTT jr制度」について、どのようなところが批判の対象になったかというと、①期間が1年で更新がないというのはどういう趣旨か、②対象が学部卒というのはどういうことか、といったあたりです(そのほかにもありますが省略します)。

 ①期間が1年で更新がないというのはどういう趣旨か

 ここはちょっと制度の趣旨を図りかねる部分ではありますが、岡山大学としては、ウーマン・テニュア・トラック制度があるので、そこに至るまでの人を対象としているのではないでしょうか。つまり、現段階ではウーマン・テニュア・トラック制度に応募できるだけの能力はないものの、近い将来にはそのような能力が獲得できる人を念頭に置いているのではないかと思います。これは②の対象とも関連しますので、そこでも触れます。とはいえ、一年はやっぱり短い気はしますが。

 ②対象が学部卒というのはどういうことか

 これは、募集要項の記載と批判がズレていた部分です。募集要項には、「学士の学位を有する女性研究者」とあり、批判は学部卒の研究者??といったものでした。結論からいえば、これは大学が色々な女性研究者を含めようとした結果、誤解を生じたものだと思われます。

 上述の通り、女性については、それが良いこととは思いませんが、出産などのライフイベントによるキャリアの中断が起こることがあります。そうすると、募集要項に、「現在大学院に在籍するもの」といった記載はできません。そうしてしまうと、出産などで退学したが研究する意欲と能力を有する女性研究者を除外してしまうことになるからです。また、「修士の学位を有するもの」では、修士課程在学中の学生をはじくことになってしまい、分野によってはこれも望ましくないことがありうるのでしょう。などなどと、色々なことを考えた結果、学位の要求としては最低限度のものとして、あとは応募書類の審査に委ねることとしたのでしょう(このあたりは完全な推測です)。

 もっとも、この募集要項の書き方が上記のことを念頭に置いて書かれたものだとしたら、やや稚拙な表現だな、とは思います。普通、そのように多様な人材を候補者とする趣旨であれば、「下記のうちの一に該当する者」と書いておいて「1 〇年〇月現在において大学院博士後期課程に在籍する者」とか「2 〇年〇月現在において大学院博士前期課程(修士)に在籍する者」とか「3 学士号を有する者で〇年以上研究に従事している者」とか、列挙してどれかにあてはまれば応募資格はある、とするのが通常です。

 結論

 以上のようなことを踏まえて、「WTT jr制度」を見てみると、結局のところ、女性研究者の養成のため、主に大学院生など(ただしキャリアについて多様性は重視)について、ある程度の金銭を支給することによって研究生活を支えることが目的の制度である、ということになります(まぁ、大学の発表そのままといえばそのままなのですがhttps://www.okayama-u-diversity.jp/recruitment-female-researchers/wtt-jr/)。そうだとすれば、良くも悪くも普通の女性研究者養成支援の一環ですね、ということで終わると思います。

 ただ、ウーマン・テニュア・トラック制度につなげる目的からすれば、期間はある程度短めでも良いとは思いますが、1年というのはさすがに短いと思います。大学院の修士・博士、それらの何年目かということを特定できない制度なので難しいのはわかるのですが、最低でも2年、できれば3年は支給が欲しいところです(たぶん、財源の問題だとは思います。取ってきた予算が単年度のものだった、とかがありそうではあります。あとは学長裁量で動かせる予算がそれだけしかなかったという可能性も・・・どちらであっても悲しくなる背景ではありますね)。

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