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#5. 大阪場所

オレの四股名は仁王天馬。
番付は三段目の真ん中よりもちょっと上。最高位は一応幕下だけど。入門して丸4年だから、まぁ順調っちゃ順調かな・・

体重は150kg。身長は175cmでちょっと低い方なんだけど、おかげでちょうどまん丸な体型に見えるから、ファンからはマンちゃんとか呼ばれてる。
そう、オレって結構人気があって部屋の後援会の人とか、巡業とかで色んな地方に行くたびにファンが増えていて、いつもお呼ばれとかで忙しいんだ!

特に大阪場所では人気爆発で大忙し。
毎晩、飲みのお誘いがあって、ぶっちゃけ稽古なんてやってるヒマもないくらい。

おっと、いけねぇ!
そろそろお出かけの時間だ。今日はあそことここと、あとそこにも行って・・年に一回の地方場所は挨拶廻りで大変だよ。


「おっ!マンちゃん!今年も来たか!」


「ご無沙汰してます!これ今場所の番付と浅草の雷おこしです!」

「マンちゃん、おおきに!いつもありがとうな!」


ここは「千一」というお好み焼き屋。
オレが新弟子の頃、寝る前にちょこっと小腹が減ってたまらなかった時にフラっと入ってみた店。

オヤッさんとおかみさんの2人でやってる小さな店なんだけど、なんとオヤッさんがオレの師匠である仁王の富士の大ファンだったらしく、「千一」って店の名前も仁王の富士が通算勝ち星、千勝って記録を達成した時のインタビューで次の目標は?って聞かれて「千一勝です」っていう答えに感動して付けたらしい。
それでたまたま入った相撲取りのオレが仁王の富士の部屋の力士って事で一気に気に入られちゃって、それから行くたんびにすげぇサービスしてくれるようになったんだ!
だから大阪にいる間はほとんど毎日、飲みのシメは「千一」のお好み焼きって決まってる。

「ところでマンちゃん、今年は調子どうや?勝ち越せそうか?」


「はいッ!頑張りますッ!」

「いつもいつも飲んでる時だけは元気やなぁ!でも1回ぐらいは勝ち越したり、優勝するところが見てみたいわぁ!」

「ちょっと!アンタ!マンちゃんだって頑張ってるんやからぁ!なぁ?」

「・・・」

そうなんだ。オレ、入門してから大阪場所では1度も勝ち越した事ないんだ。

「いつも来てるヨッさんがなぁ、今年もマンちゃんにタニマチ紹介するんやって張り切ってたぞぉ!みぃんなマンちゃんに期待してるんよ!」

「ご、ごっちゃんです」

わかってるんだ。知り合いとかファンが多い分、みんなから期待されてるってのは。

でも、なぜか大阪場所では勝てないんだ。

そもそも、大体が大阪場所の前の初場所では毎年調子が良くて、一昨年なんか三段目の優勝決定戦に出て、それで最高位の幕下に上がったんだけど、新幕下の大阪場所は何ていうか、家賃が高いっていうか、全然歯がたたなくて一勝しか出来なかった。
場所前は幕下の象徴である真新しい博多帯をお披露目してみんなにお祝いしてもらったっていうのに・・

「どうしたマンちゃん?落ち込んでのか?そんな暗い顔すんなや!ウソやでウソウソ!」


「ほらぁアンタがプレッシャーかけるような事言うからぁ」


「イヤイヤ!すいません!大丈夫ですよ!今場所は絶対勝ち越しますから!」

頑張ろう。


「マンさん!マンさん!」


「・・・なんだよ・・もうちょっと寝かせて・・」

ここは稽古場の横の倉庫。
飲んだ次の日とかはここで寝てる。
今はまだ序の口とか下のヤツらが稽古してるから、もう少し時間はあるはず・・

「親方、もう下りてきましたよ!」


「ええ?なんで?今何時?早くねぇ?」

親方が稽古場に来るのは大体いつも8時位。

「まだ7時前じゃん?何か出かける予定あったっけ?」

元仁王の富士の一重親方は忙しい。
そりゃ国民栄誉賞も受賞した大横綱だから後援者とか知り合いも多いし、地方場所ではそういう人達とゴルフ行ったり、あとはテレビの収録の仕事なんかもあって、稽古場に来れない日もある。
そういう時は出かける時間のギリギリまで稽古を見たりするんだけど。

「何も聞いてないです。っていうか、マンはどこでなにしてるんだ!って怒ってますよ!」

最悪だ・・

そんな感じで今年の大阪場所も稽古に飲みに大忙し。
気が付けば、もう明後日が大阪場所の初日。


場所前に飲みに行くのは今夜が最後。
ウチの部屋は場所中は後援会の食事会とか、部屋のみんなで出かける時や、親方・関取の付き添い以外、幕下以下の力士は外出禁止になる。

だから今夜は思いっきり飲んで場所に備えよう!

と、思っていたんだけど・・
「千一」のお好み焼きを食べに来たら店が閉まってる。

(本日、都合によりお休みいたします。)
なんて手書きの貼り紙がドアに貼ってある。

おかしいな・・
一昨日来て、そん時は普通に開いていたし今日休むなんて言ってなかったのにな?

オヤっさんに電話してみよう。

「はい、もしもし・・」

電話に出たのはおかみさんだった。

「マンです!今、店の前にいるですけど・・?」

「あぁマンちゃん!ゴメンねぇ!実はウチの人はちょっと体調崩しちゃって、急なんだけど今日休みにしたんよ!」

「えっ?大丈夫ですか?」

「うん・・実は入院しちゃって今病院なんよ・・だからお店もしばらく休むかもしれないんよ・・」

「入院?何の病気ですか?お見舞い行きますよ!病院教えてください!」

「マンちゃん、ありがとうね!大した病気じゃないから大丈夫よ!すぐに退院するよ!マンちゃんももう場所が始まるでしょ!ウチの事は気にしないで!お相撲頑張って!」

「でも・・」

「大丈夫やって!まったくウチの人もせぇっかくマンちゃんが来てくれた時に身体壊すなんて人騒がせやなぁホンマにぃ!でもホンマに大丈夫やから!また良くなったら連絡するから!お店にも来てな!バイバイ!」

それで電話が切れた。

いつも元気なオヤっさん。
一昨日も何も変わった感じはなかったのに・・
どうしたんだろう?

今夜はとりあえず、もう部屋に帰ることにした。
なんかもう酒を飲む気分じゃなくなった。
腹は減ってるからコンビニの弁当は三つ買ったけど。

初日前日から稽古は少し軽めになる。
特に今日は触れ太鼓っていって呼出しさん達が太鼓を叩きながら各部屋を回って、「すもうぅは〜みょうにちがぁしょにちぃじゃぁぞえぇ〜♪」ってやってくれる。
それを聞くとヨシッ!明日から頑張ろうって気持ちになるんだ!

稽古も終わって、触れ太鼓も聞いて、ちゃんこも食べたし、今夜は部屋で焼肉大会!
どこも行かないから昼寝でもしよう!

と、思っていたらオレのケータイが鳴った。
ヨッさん、「千一」の常連さんからだ。

「おぉマンちゃんよぉ!千一の大将の話聞いたか?」

「えぇっと・・昨日、店に行ったら休みで電話したらオヤッさんが入院してるって・・」

「そっかそっか!いやぁ、あそこの大将もなぁ去年、ガンの手術してから、どうも元気ないような感じしとったからなぁ・・」

「えっ?ガン?何すかそれ?聞いてないっすよ!」

「えぇっ?ホンマか?知らんかったんか?いやぁしまった!余計なこと言うてしもうたか?」

「何ですか、ガンって?今、どんな具合なんですか?」


なんでも「千一」のオヤッさんは去年の秋頃に胃ガンの手術をしたらしく、それから店も休み休みでやっていたみたい。
で、最近また調子が悪くなったみたいで病院に行ったら、別の所にも転移しちゃってたらしく、それで今入院してるんだとか。

オレ、全然知らなかった。
去年の大阪場所が終わってからもちょくちょく連絡してたのにそんな話、オヤッさんもおかみさんもしてなかった。

だから今年も今まで通り普通に店に行ってたのに・・

「大将なぁ、大阪場所でマンちゃんが来るから、そん時までには病気を治して店開けて待ってるんや!って頑張ってたんやけどなぁ・・あっ!この話、オレから聞いたなんて言わんといてな!」

「ヨッさん、お見舞い行きたいんで病院教えてください」

「えぇ・・そしたらオレが話した事バレてしまうがな・・」

「お願いします!オレ、こんなんじゃ明日から相撲取れないっすよ!」

「うぅん・・しゃあないなぁ・・行ってこい!」

昼寝なんかしてる場合じゃない!
オレはオヤッさんが入院してる病院に駆けつけた。


「あら、マンちゃん?どうして?」

「おかみさん、すみません!ヨッさんから話を聞いて・・」

「あらあら、あの人もお喋りやなぁ・・じゃあ病気の事も?」

「はい・・」

オヤッさんは起きていた。
少し顔色が悪いように見えるけど、いつもと変わらない笑顔で

「マンちゃん!ごめんなぁ!店、休んでしもうた」

「オヤッさん・・」

「大丈夫やって!心配すんな!こんなん病気のウチに入らへん!すぐに治してまた店開けるから!マンちゃんも明日からやろ!頑張って勝ち越し・・イヤイヤ、優勝してくれやぁ!」

「・・・」

「なんや!その顔!約束してくれや!そしたら千秋楽は店で祝勝会やで!」

「オヤッさん・・」


大阪場所初日。

オレ達、幕下以下の力士は場所中の十五日間に七回相撲を取る。
七日間連続ではなく、一日おきだったり二日続けて相撲を取る時もあれば二日続けて休みの時もある。

で初日の今日、オレの取組はなし。

場所中でも稽古は毎朝やる。
と、言っても軽めっていうか調整程度に身体を動かすくらい。
ケガしたり、稽古しすぎで疲れて場所で相撲が取れないなんて事がないように。

でもなんか今日は朝から気合いが入ったっていうか、なんかスゲー稽古がしたい気分になっちゃって・・頑張った。

稽古相手になってくれた兄弟子の仁王吹雪さんには「もういいだろ!」って言われたし、仁王海山関にも「あんまり張り切りすぎるとケガするぞ!」と注意されたけど。

けど、やっぱり・・

今場所は頑張りたい!

二日目。
いよいよ今日、オレの取組がある。
朝から少し緊張してる・・
身体もなんか重い感じがする・・

イヤイヤ、大丈夫だ!
弱気になるな!

相手は桜山部屋の力ノ島。
オレより少し兄弟子だけど、何回か当たって勝ってるから大丈夫だ!

立ち合い。
頭で思いっきり当たって電車道!

ヨシッ!勝った!

良い相撲で勝った!

最初の相撲を良い相撲で勝つのは大きい。
そこから勢いに乗って勝ち続ける場合もあるから。
逆に場所前、どんなに調子が良くても最初に悪い相撲で負けると、そのままズルズル負け続けるなんて事もある。
だから今日、この良い相撲で勝てた事は本当に大きい。

四日目、二番目の取組。
相手は佐渡山部屋の響川。
身体は細いけど、動き回られたら厄介な相手。

関係ない!
今日も立ち合い、頭で当たって・・!

一気に持っていった!二連勝!

いいぞ!良い流れになってきた!

六日目、三番目の取組。
相手は六角部屋の南海花。
オレよりデカいし重い。
でもデカい分、思いっきりいける!

三連勝!

次勝てば勝ち越し。

イケる!勝ち越しは勿論。このまま勝ち続ければ・・

八日目、勝ち越しのかかる相撲。
相手は若杉部屋の若紅龍。

モンゴル出身で入門してからまだ四場所目のチョンマゲも結えないド新弟子・・なんだけど・・

はっきり言って強い。

前相撲、三連勝。
序の口、七戦全勝優勝。
序二段も七戦全勝優勝。
で、今場所も今日まで三連勝。
つまり、まだ負けた事がないって事。

身体は細くて、むしろガリガリなんだけど動きが速いし、力も強いから身体の大きさなんて関係なしに勝ちまくっている。

きっと今場所の三段目の優勝候補だろう。

でも・・

オレだって優勝を目指しているんだから・・

勝たなきゃいけない。

絶対に!勝つ!

立ち合い・・

思いっきり当たって、フっ飛ばす!

立ち合い・・

思いっきり当たって、ブっ飛ばす!

立ち合い!

思いっきり当たって・・

いない!

避けられた!

振り返った時にはもう廻しを取られて投げられた・・

負けた・・!

クソッ!

悔しい!

一敗。

幕下以下の優勝は大体七戦全勝で決まるからもう優勝は無理だろう。

どうしてもっと良く相手の動きを見なかったんだ・・

クソッ!悔しい!

次の日。
二日続けて取組があった。

結果は負け。二連敗。

言い訳をするならば、前日の若紅龍戦で投げられた時に足首を痛めた。
その時には感じなかったんだけど、夜になったらだんだん痛みが出てきて、少し腫れているような気もする。

そんな時に限って、二日続けて取組があるからしっかり治療もできなかった・・

クソッ!

もう完全に優勝は出来ないし、これじゃ勝ち越しだって・・

なんでこんな事に!

今場所は絶対に・・

やっぱりオレは大阪場所では勝てないのかな?

やっぱりまたダメなのかな?

これじゃ「千一」のオヤッさんやおかみさんに会わせる顔がないな・・

悔しくて、情けなくて、その日は眠れなかった。
次の日、取組はなかったけど、足首が痛過ぎて稽古も出来なかった。

結局、こんな気分のまま二日休みがあって今日また取組の日。
足首はまだ痛いし、なんだか気持ちが乗らないというか自信がない。

取組のある日はまず支度部屋に入って、廻しを付けたり、軽く身体を動かして取組の準備をする。

そして出番が近付いてきたら花道の方に行って、取組の順番通りに並びながら四股を踏んだり、精神を集中させたりする。

オレはいつも集中してる時は余計なことを考えないでいられるんだけど、今日は全く集中出来てない。足首も痛いし。

オレの一番前に並んでいるのは若紅龍。
スゴい気合いを入れて四股を踏んでいる。

なんで、こんなに小さいのにあんなに強いんだろう・・

なんて思いながら見ていたら目があった。

こないだの取組を思い出したのか、「すみません」なんて言って笑ってきた。

土俵の上じゃ、あんなにコワイ顔で睨んできたのにこういう所もあるんだな・・

いけない、いけない!
こんな事考えてる場合じゃない!全然集中出来てないじゃないか!

自分の取組の二番前になると土俵下の控えに座る。
うわっ!今日の控え横の審判は一重親方だった。

「おつかれさんでございます!」

親方に挨拶をしてから座る。
親方は土俵の方を見たまま動かない。

いやだなぁ・・
親方の前で変な相撲は取れない。

でも・・
親方が見てる前で良い相撲を取って勝ち越しを決めたい。

あれ?

土俵の向こう、枡席の上の方にいるのは・・
「千一」のおかみさん?
いや、似てる人?

「千一」のオヤッさんもおかみさんも今まで場所を観に来た事はない。

前にチケットを渡そうとしたんだけど店の仕込みが忙しいからって受け取ってくれなかった。

それに今はおかみさんも病院にいるはず・・

やっぱり似てる人かな?

・・なんて、全然集中出来てないじゃないか!

ヤバいヤバい!

「ひぃがぁぁぃしぃぃにおぅてん〜まぁぁ」

もうオレの出番だ!

どうしよう、どうしよう!

一気に緊張してきた!

心臓がバクハツするんじゃないかっていうぐらいドキドキしてきた!

立ち上がって土俵に上がろうとした時・・

「思いっきりいけよ!」

親方の声・・

その瞬間、ここがどこかも忘れて、まるで部屋の稽古場にいるように

「はいッッ!」

メチャクチャデカい声で返事しちゃった!

親方は土俵の方を見たまま動かない。

なんでだろう?
緊張がなくなった。
急に身体が軽くなって、足首も痛くない!
もう大丈夫だ!


勝った!

電車道!

一発で相手を吹き飛ばした!

メチャクチャ良い相撲!

勝った!

勝ち越したッ!

やっと大阪場所で勝ち越した!

「仁王天馬ぁ!」
勝ち名乗りを受けた時、会場を見回してみたけど「千一」のおかみさんらしき人は見当たらなかった。

支度部屋に戻って、急いで着替えて会場内を探してみたけど、見つけられなかった。

やっぱり見間違いだったのかな?

結局、次の取組は負けて今場所は四勝三敗で終わった。


千秋楽の次の日、「千一」のオヤッさんに会いに病院に行った。

「おぉ!マンちゃん!勝ち越したなぁ!」

オヤッさん、少し疲れたような顔に見えるけど笑顔で言ってくれた。

その顔を見たら、なんかもう・・

「なんや?どうしたマンちゃん?」

「オヤッさん・・オレ・・」

「なんで泣いてんねん?勝ち越してヤッターやろ!」

「オレ・・約束・・」

「約束?勝ち越したやないか!」

「優勝・・出来なかった・・」

「何を言うてんの?優勝なんて出来なくても、勝ち越しで十分やないか!」

「でも・・」

「マンちゃん!ホンマはなぁ勝ち越しだって気にしてないんよ!」

「・・・」

「毎年、毎年、大阪に来て元気な顔を見せてくれる!それで十分や!」

「・・・でも」

「マンちゃん!せっかく勝ち越したんやから、もっと元気に笑ってくれや!」

「でも・・・」

「ヨシッ!わかった!新しい約束や!」

「?」

「今場所、四勝やったやろ?じゃあ来年は五勝、再来年は六勝、で次が七戦全勝や!」

「・・・!?」

「ん?でも待てよ?それじゃ来年も再来年もまだまだマンちゃんは十両に上がっていないって事になってしまうか?それじゃアカンがな!」

オヤッさんが大きな声で笑って、それでおかみさんもオレもつられて笑った。

オヤッさん!

来年もまた「千一」のお好み焼き食べに来ますよ!

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