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うさぽん昔話9「新たな施設へお引越し」



うさぽんを知りませんか?


当時、私が自分という人間を感覚的に取り戻せるようになったのは、その病院施設(当時そのように呼んでいた、児童心理施設)を退所する3ヶ月位前だった。

人形のような状態から、どんどん怒りっぽい子供になっていくのだが、これは薬の副作用だ。大人になって調べてみてわかったこと。

理由もないのに常に怒っていた。


薬が切れるととにかくイライラする。
ボーッとしたり、聞きたくない話をされたり、嫌いな食事をしなければならない時によくイライラした。

イライラしだしたら薬をのむ。
その繰り返しだった。

向精神薬は怖い。
とにかく伝達を司る神経系が狂ってしまうような感覚になるので、痛みをかんじなくなったり、感情のコントロールが上手くできなくなったりする。

突然、悲しくなったり、イライラしたり、強気になって暴走したり、ボーッとしたり、幻聴が聴こえたり、何もいいことがない。

成長過程の子供には、危険な薬物を与える必要も無いし、向精神薬に頼るべきではない。私は心底そう思う。


楽しいことをしたり、様々な経験を積みながら、成功体験を積み重ねていくだけでも子供は自信がつくし、嫌なことをどのように回避するか、乗り越えていくかを大人がコツを教えれば、悩む必要がなくなり、考えるようになる。

薬に頼らなくても、嫌なことがあったら両親や大人に話を聞いて貰えばいい。

そんな簡単なことすら、不可能な社会になっていったのは、大人達の「考えの足らなさ」だと私は思う。

あたりまえの事をあたりまえに言うと、おかしな人、それは口に出したり聞いちゃいけない、と変人扱いされる社会になった。

子供が親に愛されて育った健全な家庭では、自分の感情をありのまま受け止めたり、自分に必要な要求、自分のニーズを伝えることが自然に出来るようになります。それが、大人になる練習だからです。

(自分の気持ちを)話してはいけない。
(自分の感情を)感じてはいけない。
(自他を)信頼してはいけない。

こんな間違えたメッセージを大人が子供に送り続けるのは実に不自然で不誠実で、不健全だ。

子供の自殺が増えたとニュースで聞く度に、薬の乱用が頭を過ぎる。

私が、向精神薬に頼りきりだった子供時代を振り返ると、とにかく死にたかった。死にたいと言うよりも死ぬしかないと長年思い込んでいた。

思い込みは時に人を死に追いやる。

自分で自分を苦しめる行為が止められない。何をしていても苦しみのせいで集中できない。

死にたいと、思い込んでいた。
そして、自分の思い込みが真実だとまた思い込む。

誰に何を言われても耳に入らない。
とにかく思い込みと決めつけで溢れた思考が頭の中に溢れるとイライラする。

薬で脳神経が操作されている間は
カウンセリングなど効果はない。

逆に、小学校3年生の子供が死にたいと思うまで追い詰められることの方が異常だ。

周囲の大人達も薬の副作用を気にする事もなく、ただただ虐待の後遺症であるトラウマ反応だと決めつけていた。

だからどんな治療も効果がなかった。
最後は、性格に問題がある子供という烙印を押されることとなった。


自分を苦しめているものの原因はなにか?

自分には価値がないと思い込んでいるのはなぜなのか?

人によって原因は様々あるが、その思い込みがどこからくるのか?
それを思い込まないようにするにはどうしたら良いのか?

それらを、考え行動する為にはどうしたら良いのか?

大人は教えてくれない。
薬物で朦朧としている子供に向かって「あなたは、性格がおかしいから矯正が必要」と平気で言う。

子供の不安定さを薬で解消しようなんて、大人の怠惰じゃないか?

きちんと子供に教えたのか?
きちんと子供と向き合ったのか?
きちんと子供と話したのか?

少なくとも、私は子供時代にそのような問題に向き合ってくれる大人はいなかった。本来親の役目なのだろうが、その時両親は刑務所の中だ。

その事も知らずに、いつ迎えに来てくれるのだろう…と何年も待ち続けた。

受け止めねばならぬ現実を教えてくれる大人が身近に居なかった。その部分だけは、不幸な子供時代だなと私も認めている。


だから、私は子供に向精神薬を与えて、抱える問題を安易に改善しようとすることは反対なのだ。

特に、長期間の服用は絶対に反対だ。取り返しのつかないことになるケースが後を絶たない。

医師はなんの責任も取らない。
子供に向精神薬を与える時は、最低限、副作用を調べて欲しい。海外を含め副作用の症例を見てほしい。

アメリカで裁判が多発し販売中止になり、国内で売れなくなった在庫が日本に回ってくるなんてことはよくある話だ。


子供のイライラは薬をのめば落ち着くが、即効性がある訳ではないので2時間位はイライラする。

私は、とにかく手を掻きむしって血が出るまで止められなくなった。すぐにバレて怒られるので、バレないように足の小指の爪を剥がすようになっていた。
身体的な痛みがないと不安になった。

延々と死にたいと思い込む。
現実から逃げたいと苦しむ。

そうすることで、自我を保つバランスをなんとか取っていたのだと思う。

当時、人形でいる自分が本当の自分だと感じ、イライラする自分が、頭がおかしい自分だと思っていたから、私は薬をのむのだと思っていたんです。


私にとって、約1年半の空白の時間は、
夢の世界のような現実で生きていたのだと思う。


当時、私はまだ子供でした。
何が起こっているのか全てを理解するにはとても時間がかかりました。

子供の私が、納得出来るような説明を、大人達は何ひとつしてくれませんでした。

家族と離れ約6年。
なぜ家に帰れないのか、なぜ家族と会えないのか、なぜ、大人達は私に酷いことをするのか、なぜ、誰も私を迎えに来てくれないのか…

深く悩みました。

普段は、普通の子供のように明るく元気で遊ぶのが大好きな子供でしたが、夜になると悪夢ばかり見るのです。

同じ時間に目が覚め、同じ夢を見る。
理由は分からないが、絶望のどん底にいるような気分になり号泣。

所謂、夜泣きを小学校3年生になっても繰り返し6年生まで続いた。

夜中に悲しくて悲しくて仕方がなくなる。でも、みんなは寝ているので職員室に向かう。

職員がくれる薬を飲むとよく寝られるので、貰いに行った。


努力しないと思い出してしまうので、
極力努力した。

何も考えなくてすむようになる薬を私は欲しがった。


薬の量は減ったが、常に薬の事ばかり考えて、薬が切れたらどうしようと不安になった。

小学校3年生にして、私は完璧に薬物依存にされていた。

そんな知識もなければ、薬の副作用なんて何一つ知らないので、「自分はそういうものだ」と受け入れていたのだと思う。


ある日、医師に施設を移る話をされた。
私は、病院内では話すようになっていたが、児相の担当職員や知らない大人と話したくなかったので一言も話さなかった。


うさぽんは、病気が良くなってきたから新しい施設に行くよ!

医師にそう言われた。

私、病気だったの?

そう聞いたら、医師はこう答えた。

人間は、たまに心が病気になることがあるんだよ。

へーそうなんだ。
こころって病気になるんだ。
よく分からなかった。

移動は3日後。


児童福祉の不思議な所は、急に変更を伝えられるところ。

会社の転勤や部署異動も、その日に突然言われたり、前日や3日前に言われたら大人でも困惑すると思う。

でも、子供達の移動はいつも急なのだ。

3日前は親切な方だ。


次の施設は、元いた施設の半分位の大きさの施設だよ。子供達も半分位の人数かな。

先生達も沢山いて、子供達といつでも話せる施設なんだ。

医師が説明する。

私、その施設知ってるよ。
そこは行きたくない…


え?なんで?

私の住んで居た地区は、子供の健康を考えスポーツ交流が盛んな地域だったので、他の施設の子供達ともよく交流し遊んだ。


その施設にいた子供に、施設内のことを聞いていた。


そこの先生怖いて言ってた。


医師は、そんなことないない!と笑いながら言った。


交流会の時に、仲良くなった子供達と自分達の住む施設の嫌な所を共有していたので、大体の施設がどのような施設なのかを多くの子供達は知っていた。

子供達は、いかに自分が「マシ」な施設にいるのかを確認し安心したがった。

あぁ、それならこっちの方が「マシ」

多くの子供は、そう思って痛みを我慢する癖付けをしていた。


行きたくないと言っても行かされるのは知っていたが、最後まで抵抗するのが子供だ。

前日まで、ものを壊したり脱走しようとしたり、とにかく悪い子になれば移されないと考えた。

無駄だった。


当日、また児相職員が迎えにきた。

移動の日は毎度、絶望感に苛まれる。
なんだろう。
刑務所にでも移される気分(入ったことはないが笑)というか、人生の最後の日(迎えたこともないが笑)そんな気分になった。

一言で言うなら「終わった」

私は、子供時代に私は何度も終わっていた 笑


人間は、自分に嫌なことがあると、そう感じる勘違いをしてしまう生き物なんですね。


あーーー!!人生終わった…

そう思っても、
何度も蘇れば結果ヨシ!

勿論、この考えに至ったのは大人になってからです。


子供には環境の変化が本当にきついんですよ…

人間不信になるし、胸の辺りがいつもゾワゾワモヤモヤしてる感じ。

頭を掻きむしり、じっとして居られず、とにかく叫んだり自傷することで発散する。

それを社会では「不安定な子供」という位置づけにされる。

正確に言えば「大人達に不安定にされた子供」である。

しかし、さも子供の問題のように大人達が扱うので、子供も自分がおかしいのか?と思い込むようになるのです。

「あなたは悪くない」

この言葉は、個人的に大嫌いだ。

確かに子供時代の私がそうなってしまったのは、元をたどせば両親がクソだったからで、施設に住めば暴力を振るう職員もいたが、私も悪い部分はあった。

それは、私も認めたいのだ。
私も悪い部分はあった。

何も悪くないなんてことは無い。

悪環境で不健全で、機能不全な家庭で育ったが、私もその中で良くない行いもしたし、怒られるような言動もした。

環境は、私のせいではないが、褒められるような子供でもなかった。

ただ、子供時代に学ぶ様々なことを教えてくれる大人がいなかったことは、不運なだけだ。

ただ、その不運なおかげで自分で考え調べ行動することを早くに覚えた。

疑うことを覚えてから、大人の言ったことは、本当なのか?と思い図書館で調べた。

だから第三者に「あなたは悪くない」と言われるとモヤる。

子供でも理解出来るような説明をすれば、現実を受け止める力があるのに、大人達はそれすらしない。いや、避けている。

自分がしんどくなるからだ。
そもそも大人も子供に教えられる程、子供の気持ちを考えられないのかもしれない。



恐らく、子供に現実の告知をしたがる大人はそう多くはいないだろう。

子供も早ければ早いうちに現実を受け止める練習はした方がいい。

その方が「生きづらさ」なんていう訳の分からん言葉に振り回されることもない。

あなたは強いからそう思えるんでしょ?と、よく言われるが違う。

そういう実体験を乗り越えて来たただけで、特別な能力がある訳でもない。

さっき書いた「練習」なんです。
実生活での練習。それが、大人になる為の「準備」なんです。

社会に出ても、誰かが考えた「生きづらさ」なんて言葉に振り回されるのはバカらしい。

そんなもの、どこかの誰かが金儲けの為に考えた言葉ですよ。

共感の為に出来た言葉じゃない。
自分に都合よく落とし所を付ける為に、あやふやにした方が楽だから出来た言葉です。

あやふやに感じてそのまま適当にあしらってよいものと、ハッキリ答えを出さねばならないものは分けるべきだ。


「生きづらさ」なんて言葉は、どこかの誰かさんが考えた言葉。

そんなものあるかどうかも分からない。あなたは、それを信じるのか?

生きづらさとは、自分自身が作り出した自分の一部でしかないのです。

他人の呪いから、自分を解放してあげるのは自分しかいないのです。

そのプロセスを、きちんと教えればいい。

あたりまえのことだが、子供は大人になる。

子供時代に、大人になる準備が出来ぬまま大人になってしまうと自分という人間がなんなのか分からずに生きているので、暗闇の中を手探りで生きているような感覚になり「生きづらさ」と言われる感覚になるのです。

そう感じるには必ず原因があるのです。
ひとつやふたつではなく、無数にある。

それを紐解いて行くお手伝いをするが「支援」です。介護とは違います。


当時、私が施設を移る日に感じていた感情は絶望的な悲しみです。

その悲しみは何が原因なのか、当時はわかりませんでした。

私はひとりぼっちの感覚から抜け出せないまま、また新たな施設での生活が始まりました。

長いトンネルの始まりです。


次回、うさぽん昔話10「新たな施設での生活」へ続きます。

まったねー!

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