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ピンクへの愛

一歳の姪に、最近、ピンクブームがきているらしい。
ピンクの服を着るのだと主張し、ピンクの靴を履くのだと主張し、ピンクのクーピーを握りしめたまま、寝落ちする。
それを姉から聞いて、「私に似たのかしら」などと、嬉しくなる自分がいた。

姉いわく、姪はピンクを可愛らしい色と認識しているらしいというのだが、一体、幼児が、どういうきっかけでピンクを可愛らしい色として認識するのだろうなあ。

遠い昔、幼稚園児だった私もピンクが大好きだった。
やはり、可愛らしい色として認識していたのだと思う。
折り紙が好きだった私は、いつもいつもピンクの折り紙から使い切ってしまって、もっとピンクがいっぱい入っていればいいのになあ、と思っていた。

今くらいの時期に、幼稚園で節分用に鬼のお面をつくった。
用意されたベースに、紙ねんどで形作って、絵の具で色付け、ニスで仕上げるという工程だった。
お面用に用意された絵の具の色は、赤と青と、確かオレンジ色だったと記憶している。

今の私は、鬼といえば、なんとなく赤鬼か青鬼というイメージを持っている。『泣いた赤鬼』や『赤鬼と青鬼のタンゴ』の印象からくるのだろうか。
どちらも大好きな名作だ。

当時の私は、用意された色では納得せずに、私はどうしてもピンクがいいといって譲らなかったという。
幼稚園の先生は、私の要望を聞き入れて、特別にピンクの絵の具を用意してくれたそうだ。
お面は、その後、全員分が教室の壁に展示されることになり、クラスで唯一のピンクのお面が、赤や青の鬼のお面と一緒に飾られたのだ。
保護者が参加する行事か何かのときに、母は、そのことを先生から聞かされた。

これは、母のお気に入りのエピソードであり、家族の前や親戚の前で何度も語られていた話。
先生が、我が子の気持ちをくみとってくれたことへの感謝の気持ち、を表向きの主旨としながらも、我が子の主張を誇らしく思うような気持ちも込められていた気がする。

母がどこか誇らしげに語るのを感じとっていた幼い私も、同様に誇らしく感じていたのだと思う。

私のピンク愛は小学1年生くらいで、おさまった。
学校の朝の体操用に、縄跳びが必要になったとき、買いに行った先にはピンクがなくて青の縄跳びを買ってもらった。
その後、ピンクでないと飛びたくない、とごねて結局ピンクを買ってもらった。その辺で終わっていると思う。

だんだん自我が目覚めてきて、可愛らしさの追求が照れ臭くなってきたのだ。
長身な自分は、「可愛い」を追うよりも、「クール」を求めておいた方がおさまりがいい気がしていて、ピンクからは遠ざかった。

洋服は、黒、グレー、ネイビーなどのベーシックな色で揃え、差し色をするときは、青系か黄色系。ネイルはピンクよりは、赤、ピンクのときは、ショッキングピンクにするなどして照れ隠し、という具合に。

姪のピンク愛は、これから、どういう経過をたどるのだろうか。

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