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急に話したくなったので

ときどき、思い出す猿がいる。
といっても、私はその猿には触れたこともなければ、彼の視野に私が入ったこともないんですけどね。
随分と前にテレビ越しに見たその猿は、高崎山にいるタクマと名付けられた雄猿で、まだ赤ん坊だというのに母猿とはぐれてしまい、冬を越せるか心配されていた。

エサにもうまくありつけていないし、本来なら母親の背中か腹にくっついているはずの赤ん坊が、単独で冬の寒さを乗り切れるのか。

日中は広場にあるストーブ(のようなもの、確か)のそばで、他の猿とともに、暖をとっている。夜が近づくと他の猿は山に帰っていくのだが、タクマはそこに残されたまま。ストーブも消えている。
ぴーぴーと、鳴いているが、近づくものはいない。

画面に向かって、「待ってて!今、私がいくから、お母さんが行くから!」などと言いたくなる光景だけれども、記憶では、「なるべく野生に近い状態でいられる環境を保つために、そこに人間が介入してはいけない」といった主旨のナレーションが流れていた。

そんなある日、飼育員の男性が朝の見回りにいくと、木から落下したらしきタクマが倒れていた。かなり弱っている。両手で折れた枝をまだ強く握っていた。
必死につかまったのだろう。

「命にかかわる事態なので、例外として人間が介入します」といったようなことをその飼育員の男性が言って、持っていた紙袋にタクマを入れて、事務所に連れて帰った。
顔についた汚れをふきとり、傷を消毒して、哺乳瓶でミルクをあげる。
目を開くタクマ。ぐんぐんと生気が戻ってくる。

「だいぶ元気になってきた」
と飼育員の男性が言う。

そのあとは、タクマが元気に飛び跳ねる姿が映された。

群れに戻される日。
せっかく保護されたのに、こんな真冬に外に出されて生き延びられるのだろうか。画面越しに誰もが心配したと思う。

群れに戻されたタクマ。ぽつんとたたずんでいる。

すると、突如あらわれたメス猿が、ひょいっとタクマを背中に乗せた。
子どもを亡くしたばかりのメス猿だという。
タクマのことを我が子だと思ったのかもしれない。

その映像のあと、スタジオの様子が映された。

そこに映った秋野暢子が「お母さんになれたんだね…」と涙していたのが、妙に印象的だった。

他のメンバーは(もう誰が出演していたか忘れたけれど)、「タクマよかったね」と涙しているところに、秋野暢子はメス猿目線で涙していたのだった。秋野暢子には、そのメス猿側のストーリに、心動かされる背景があったのかもしれない。

そして、タクマはメス猿に抱かれながら、冬を乗り切った。
残念ながら、メス猿はタクマの母になってから、半年ほどで亡くなってしまう。確か、わりと高齢だったのだと思う。
猿も「高齢」と言われる年齢まで子どもを産めるのだなあ、なんて思った覚えがある。

タクマが青年になった頃。タクマの命を救った飼育員の男性がタクマに会いにいく。定年退職をしたあとだった。

青年になったタクマは、命の恩人に向かって威嚇をする。
「おー、怒ってる、怒ってる。怒っているということは大人になった証拠だなあ」とその男性。
とても満足そうで、そして少し寂しそうでもあった。


というのが私の記憶です。有名な自然公園の、有名な物語ですし、テレビで見た人も、後にネットで知った人もいるでしょう。
記憶違いも、あちこちにあるかもしれない。
でも、この記憶は私が見た物語として、このままにしておきましょうかね。

ところで、何でいま、この話をしたくなったのでしょうね。


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