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📝 一回性をいきる

毎日新聞を購読していると、毎月『 私のまいにち 』という小さな冊子が届きます。作家の川上弘美さんが巻頭に連載をなさっていて、最新号では〈 一回性 〉がテーマで面白かったです。

一回性とは、「 ある事柄が一回しか起こらず、再現できないこと 」を指します。

TVer や Radiko は便利ですが、それが当たり前になった今、オンタイムで消費するコンテンツは稀少で刹那的だったりします。

それには、タイム・パフォーマンスを優先して物事を取捨選択する / せざるを得ない場面が増えているのかなとも思います。家庭と仕事の両立で忙しくしている人たちに限った話ではないようです。「長い動画は( とくに中高生には )見てもらえない」という声も聞くので、日本の社会全体の傾向なのでしょう。時間をかけた割にその作品がつまらなかったら「 タイパが悪い ( 低い ) 」 、だからまわりの反応をみて録画を視聴したり、その際の動画も倍速で再生したり、時間に追われる感覚が敏感になっているのかもしれません。

でも日々の暮らしには時間が経ってみないとわからないこともあります。

私も以前、川上さんが言うところの〈 一回性 〉を大切にしている方とお仕事をご一緒したことがあります。原稿や台本は必ず手書きで、それをデータにするのが私の役目でした。

当時60代のベテラン演出家は、動画の編集ソフトの使い方を( 私よりもスムースに、完璧に )覚えて自分で編集ができるのに、どうして … と思ったこともありますが、その方の原稿はいつもきまって最初から最後までとても美しい文字で、消しゴムを使った形跡がほとんど残らずにまとめられていました。ひょっとしたら、頭の中で散々推敲したあと、文字にするのは一回限りと決めていたのかなと思ったりします。

私はその仕事で何者にもなれなかったけど、だからこそ経験できた小さな仕事の数々に、大先輩たちが大切に守っている流儀のようなものを感じることができました。

一回性の究極は私たちの命です。ほとんどの時間を仕事に費やして結果を出せなかった私の20代は、あるものさしでは「 タイパが悪い 」のかもしれませんが、一回性の人生という作品においては欠かすことのできないシーンが詰まっています。

一回限り、って切なくて儚くて尊いです。

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