🇫🇮 等身大のフィンランド vol.2 日常にユーモアを！ ヴィルピ・リンドクヴィスト

マーケットを彩る　色とりどりのフェルトの帽子

ヘルシンキ・カウッパトリに構えるヴィルピさんのお店

ヘルシンキのマーケット広場〈 カウッパトリ／ kauppatori 〉を訪れたことがある方の中に、この帽子に見覚えがある方はいらっしゃいますか？カラフルでユニークなデザインのフェルトの帽子は、世界にたった一つだけのハンドメイド。フィンランド在住のアートディレクター、 ヴィルピ・リンドクヴィスト さんが一つ一つ丁寧に編んで仕上げたものです。普段のワードローブに取り入れるのはちょっぴり、いや、だいぶハードルが高いなぁと思いながらも数年前に購入して以来、すっかり着こなしている自分に驚きます。手編みの温かさは言うまでもなく、楽しい気持ちになれるのが最大の魅力です。

ヴィルピさんは、２年前に仕事をリタイアしたパートナーのペッカさんとヘルシンキで２人暮らし。夫婦には４人の息子と２人の孫がいます。私にとっては、フィンランドではじめて出来た知り合いで、親子ほどの歳の差ですが、のちに友だちと呼べる間柄になりました。夏至祭りや年越しを一緒にお祝いしたり、森できのこを採ったり、シナモンロールを焼いたり。なかなか上達しないフィンランド語にも根気強く耳を傾けてくれて、嬉しいことや悲しいことを共有しあってきました。

左がヴィルピさん、右がわたくし

試練のとき　日常を続ける勇気

また来年の夏に会おうね、と約束をした数か月後に新型コロナパンデミックが発生し、カウッパトリのマーケットで国内外からやってくる観光客向けに作品を販売していたヴィルピさんの暮らしも大きな影響を受けました。

ヴィルピさん：
「コロナの影響でマーケットの仕事では生計を立てることができず、ちょうど１年前からベビーシッターとして、ギグ・エコノミー（ gig economy ）の仕事をはじめました。単発の仕事をインターネットを通じて請け負う働き方で、私の場合は朝の時間帯に呼び出しがある家庭の保育をサポートしています。並行して、半年前からは私立の幼稚園で代理の幼稚園教諭として勤務していますが、今年の夏までの有期雇用です。」

コロナ禍においてフィンランド政府は、企業の倒産防止、個人事業者の支援のために５０億ユーロの支援パッケージを用意し、後に５００万ユーロを追加しました。連日の会見を通して、社会保険庁への失業手当、住宅手当、収入補填手当などへの申請が倍増していて、多少の遅延は出るけれど、必ず支払われるので心配しないようにと国民に呼びかけたといいます。

コロナ以前から失業率が高く、雇用が不安定なフィンランド。感染拡大収束の見通しが立たず、政府からの手当がいつ支払われるのかも分からない状況で、ヴィルピさんは一時的なジョブチェンジを選択しました。

ヴィルピさん：
「 フィンランドでは、教師やベビーシッター、看護師が非常に不足しています。労働に見合った給料が支払われていないことも一因でしょう。子どもたちは日々変化し、行動障害を抱える子どもも少なくありません。 」

ヴィルピさんの専門は広告です。2014年からマーケット広場でフルタイムでお店を開くまで、長い間、フィンランドの広告業界でアートディレクターとして活躍していました。

ヴィルピさん：
「 広告代理店で働いていた頃は常に厳しい締切と隣り合わせで、創造性よりも予算や売上が重視されました。お金がすべてでした。今働いている幼稚園では３〜５歳児クラスを担当していますが、ここでは、私は自分の創造性を実感することができます。子どもたちと一緒に使い古しの紙皿や空き瓶など身の回りの使わなくなったものを再利用して、環境にやさしい創作活動に挑戦しています。 」

喜びとユーモアを届けたい

ヴィルピさんは、フィンランド中部にある町、ユヴァスキュラで生まれました。

ヴィルピさん：
「 私が編み物に興味を持ったのは高校生の頃で、はじめて家族のためにセーターを編みました。それ以前にも、小学校低学年のときには学校の授業でかぎ針編みを教わりましたし、祖母は編み物が大好きだったので、編み物は身近に感じられる存在でした。結婚して子どもが生まれてから、息子たちのために帽子やセーターを編んでいました。しばらくして近所の人や知り合いから依頼を受けて編む機会が増えたので、思い切って販売してみることにしたんです。はじめのうちは夏の間だけ、ヘルシンキのマーケットで夏用の帽子をつくって販売しました。今のかたちになったのは約１５年前、羊毛フェルトに出会ったことがきっかけです。」

私がヴィルピさんの家を思い出すときはきまって、洗濯機の音が聞こえます。羊毛で編まれたものを高温で洗濯すると、摩擦によって羊毛の繊維表面のキューティクルが絡み合い、フェルト化されます。

港のテントで一緒に店番をしているときに、長年気になっていた帽子のデザインについて尋ねたことがあります。その日はなかなかお客さんがやってこなくて、万人受けを狙うなら、私は、もっとシンプルなかたちで編んだほうが売上に結びつくと考えたのです。

「喜びとユーモアよ」と、豪快に笑いながら言い切る姿に私は痺れました。というのは、実際に彼女と生活を共にしてみてわかったことですが、ガイドブックには「爽やかな風が吹く港のマーケット」と紹介される場所でも、１日の大半を過ごすとなると、想像以上に大変なことが多いのです。

朝５時に起きて、６時過ぎには広場に出勤。そのまま夕方４時まで働き続ける。

コロナパンデミック以前、ヴィルピさんは毎日２００個近い在庫を抱えてマーケット広場に出勤しました。テントを組み立てて、商品を並べて、朝７時から夕方４時過ぎまで接客の合間に作品を編んで、値下げを要求する声から大切な商品を守り、そしてまた編んで、編んで、編んで･･･。時間になったらテントを解体して、家に帰ったら売上を計算して、編んで、編んで、編んで･･･。

モチベーションは一体何なのだろうかと、常々疑問に感じていたのです。

ヴィルピさん：
「 私は帽子を編むのが一番好きです。１つ１つ全く異なるデザインであることが重要です。手袋や靴下などのペアを編む作業が私には苦痛ですし、カスタムメードもあまり得意ではありません。だって、私たちはひとつの物事にも、一人一人それぞれ異なった考えやイメージをもっているじゃないですか。」

人はみんなそれぞれ異なる考えを持っているから。

だからヴィルピさんは色の組み合わせやテイストの異なる、ありったけの在庫を毎日テントいっぱいに並べます。世界中からやってくるお客さんにそれぞれの好みを聞き出して、一緒になってお気に入りの帽子を探す手助けをしている姿はとても楽しそうで、あるときは、双子の小さなお客さんのリクエストに応えて即興で帽子に刺繍することもありました。試着して鏡に映った自分や仲間を見て笑ったり、商品を手にとってハッピーな気分になったりしているお客さんの姿が彼女の原動力となって、日夜ユーモアと喜びを編むのだと思います。

世界中からやってきたお客さんがヴィルピさんのテントを訪ねます

間違ってもいいから、やってみる

ヴィルピさんの人生のモットーは「０か１００か」。日本ではあまりいいイメージでは使われませんが、曖昧さを許さない、極端な思考とは程遠いもので、そのとき最良の選択をして、最高のパフォーマンスを目指すということです。実際に、ヴィルピさんと一緒に過ごして私が強く感じるのは、失敗に寛容であることです。どんなに努力を重ねてもなかなか実現しなかったり、上達しなかったり。そういうときは、潔く０を認める一方で、１００を信じる。仕事や暮らしをよりよくすることや、より楽しくするためのアイディアを考えて実践しているように思います。

見ず知らずの私を初めて自宅に招いてくれたときの彼女のふるまいからも、それは実感できます。言葉が不自由でうまく意思疎通が図れないときでも、私が理解できるまで時間をかけて、言い回しを変えたり、イラストを描いたりして伝えてくれたり、うっかり失礼な態度をとってしまったときは、なかったことにしないでその場できちんと指摘してくれたり、コミュニケーションを諦めない姿勢に何度も助けられました。

ひとつの物事や考えに固執せず、臨機応変にそのとき最良の道を選択する。今回のコロナ禍で一時的なジョブチェンジを決断した姿にも重なりますし、日常に前向きな変化を求める切実さのようにも見て取れます。

長くなってしまいましたが、最後にもう一つだけ、とっておきのエピソードを紹介します。カウッパトリのテントにとあるツアーの団体がどっと押し寄せてきたときのこと。手あたり次第にディスカウントを求める人たちにむかって、ヴィルピさんは「これらは全て私が０から作った作品です。５０% off ？ うーん、そうねぇ、これを半分にカットするなら考えるけど･･･」と実際に商品をはさみで切るそぶりを見せたというのです。ユーモアのなかに、一歩も譲らない強さをもつ、それもまた、私がヴィルピさんを好きな理由のひとつです。

ヴィルピさんの作品は、ヘルシンキ大聖堂の近くにお店を構える「OMA puoti」のオンラインショップから購入可能です。

OMA puotiでは、フィンランド国内で製作された商品のみを取り扱い、その中には、フィンランドの伝統的な職人技が光る手工芸品もあります。作品の多くはリサイクル素材を使用し、環境に配慮しながら、ユニークなアートを具現しています。手工芸品に興味がある方には特におすすめです。

KÄSITYÖLÄISETに職人たちの一覧と作品が載っていますので、是非一度覗いてみてください。

Olemme mukana äsken startanneessa Puotirundi verkostossa, joka kokoaa yhteen ja markkinoi pienten puotien helmiä, jotta...

Posted by OMA puoti on Wednesday, March 3, 2021

＜参考資料＞
森と湖の国・フィンランド　コロナ対策から見えてくる、その特色とは（靴家さちこ）