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天気予報では曇天だったその日、旅先はぴかぴかに晴れていた。
眩しい冬の日差しからまるで両腕が伸びていて、この景色まるごと抱きしめられているようにあたたかい。


予報でここへ流れるはずだった雲は、今頃どこへ行ったのだろう。
天気が悪いから、とこの場所へ来ることをやめた人もいただろうか。
実際来てみたら拍子抜けするほど晴れやかで穏やかだったことを、ここにいるどのくらいの人が特別に思っただろう。


考えてみるとこの3年ほど、予想できないことばかりだった。
この世界中のみんながそうだったのだ。




少し離れた場所で、おじいさんとおばあさんの御一行が互いに遺影の写真を撮り合おうとわいわいとやっていた。


「◯◯さぁ〜ん、わらってぇ〜!」「かたいよぉ〜そんなんじゃ天国いけないよぉ〜!」などと言い合い、綿毛を飛ばすようにほわほわ笑い声が風に乗ってくる。

ここはもしかしてもう天国なのでは?と錯覚してしまうような光景だった。




はじめて訪れた街、この景色のなかで受け取った感覚は、家に帰ってきてもずっと
心の中で笹舟のように浮かんでいた。

そんなときに、しおりを挟んだまま積んでいた本をパラパラとひらいていたら
ひとつの詩をみつけた。


やっと腑に落ちた。

それはかつて誰かがもう言葉にしてくれていたもの。

時空を越えて会いにきてくれているすべてがここにあると感じて、内側がほっくりとあたたまる。

お天気の日なら 町の空には 
きれいないろの淡い風船が漂う 
その町の人たちは気づかないけれど 
はじめてやってきたわたしにはよく見える 
なぜって あれは 
その町に生まれ その町に育ち 
けれど
遠くで死ななければならなかった者たちの 魂なのだ 


はじめての町 /  茨木のり子


これまでなんとなく、死後世界って平行時空で続いている気がしていた。
そうだといいなという気持ちもあったのかもしれない。


どこかで元気でいてほしい。
天国で笑っていてほしいな。
あたたかいお茶を飲んだり、雲の上でくつろいだり、編み物したりカラオケしたり、
なんか好きなことを好きな人とやっててほしいなと思っていた。




でも最近、そうじゃないかもしれないと思うことがあった。


もしも

過去から今にむけて、ずっとずっと想いが届いているのだとしたら?



元気出して
大好きだよ
応援してるよ
大丈夫、大丈夫



そうやって自分がいなくなってしまったあとのずっとずーっと先の未来まで、
想いを届けたいと願っている命があったのだとしたら?

そんなふうに思うのだ。



数年前、亡き愛犬を見送ったとき
私は間違いなく人生でいちばん悲しくて辛くて、身を引き裂かれる想いを味わった。


いじめられて学校にいけなくなったことも、失恋もケンカも、離婚したことも、病気になったことも、すべてを捧げていた夢が破れたことも、
あんなもん全部なんてことなかったと思うくらいの強い衝撃のある悲しみだった。


冷たくなってゆく身体を抱きしめながら
この子と出会えたこと、過去も今も未来もすべてすべてすべて…全部愛してるって痛いくらいに思っていた。


それと同じように


愛犬も命が尽きるまで、私に対してその愛を懸命に届けようと伝えてくれていたのだと
ふとこの今に届いてしまった日があった。


それは
今までグッと堪えて立っていた足元が揺らいで
あわや転びそうなのに

不思議とするっと浮かんで
なにかを越えてしまったようだった。


とにかくあたたかくて、なんだかすごく楽になった。



亡くなった存在から「あなたをいつも思ってるよ」という想いは、行ったことのない見知らぬ場所からふと届くのではなくて


慣れ親しんでいた、
けれどももう二度と戻れないその場所から
懸命に今の私たちへ届いているのだと思う。



遺影を撮ろうとはしゃいでいたあの老人たちは、羽衣のような光の中で朗らかに笑い合っていた。
これまでの経験も時間も悲しみも喜びも
すべてを含んだいい笑顔をしていた。


土地も、街も、同じなのだろう。



私たちはいつか
この世界にすべてに溶けてゆく。

「旅。」

慣れ親しんだ匂いのするベッドの中で、
眠りに落ちながら寝言みたいにそう呟いてみた。



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