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地元の駅前で大規模な街開発を始めた頃
工事現場で無意識に足を止めては、ぼんやりと眺めていた。


大きな建物を建てていたので、周囲には高い囲いの壁があり、そこには小窓がついていた。
そこから中の建設途中の様子が見えるようになっていて、なかを覗くことができる。


小窓に顔をはめると、深く大きな穴があいていた。
およよ、と思うほど深い穴だった。


その穴へクレーンがゆらゆらと何かを運んでいる。

鉄骨だ。


恐竜のようなクレーン車が、大きな鉄骨を高く高く持ち上げてから、穴へとゆっくり沈めてゆく。


なにかを建てるときには
そうか まず穴を掘るのか


と思った。

それもしっかりとした建物を建てるには「およよ」というほどの穴が必要なのだ。



ふと胸に手を当てると、ここにもぽっかりと穴がある。
他のなにでも埋まらない、埋めようのない、
この人生で確かに触れあえていたものがあったという証の穴。


触ると一瞬ひんやりする。
けれどここはなんだか懐かしくて、しみじみ優しくて、段々とあたたかい気持ちになる穴だ。

薄曇りの日の砂浜を、素足で歩いている感覚に似てる。




ここにもいつか空を仰ぐほどの美しいクレーン車があらわれて、大きな鉄骨を運び入れ なにかを建てるのだろうか。


もしも建てるなら遠くからでも見つかるような、キラリと光るシンボルになるなにかがいい。


派手さはいらない、シンプルな鉄骨がいい。


できれば毎日見ていても見飽きないような姿であってほしい。

親しみがあって、
なにかと 誰かと 
出会える待ち合わせる場所になるような。

私という街の中心地にあって
朝も昼も夜も一日中しみじみ眺めたくなる、
そういうのがいい。




わたし、心のなかで「誇り」とでかでか書かれている安全ヘルメットをかぶり、颯爽と駅前をあとにする。


風を切る。
すすむすすむ、風を切る。


胸のど真ん中へ、ぐんぐんと風が膨らんでゆく。



寂しさも悲しさも、ぽっかりとした気持ちにはもれなくかならず
美しいなにかが始まるサインが共にあると、私は信じてる。

そうだよね?



ところで渋谷の街はいつできあがるのでしょう。
電車の窓から見たクレーン車は、火の鳥のような佇まいで夏の空に揺れていた。


未完成、ここにあり。





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