「もがく」ということ

久しぶりに書く。もがくということについて。書きはじめようとした時点で、誰にも向けていないことであるということはわかる。でも、いいんだ。進めていく。もがく、ということを考えたいから。

最近、もがいてるな、と思う。もがくという言葉は、「必死になって進む」、という表現に近いけれど、もがく、にはまた別の意味がある気がする。もがく、というなかには、「嫌だけど」「辛いけど」「不本意だけど」進んでいく、というニュアンスが入っている。

最近の自分の行動や考えは、全部「もがいてる」。行きたい未来がある訳ではないし、望ましい方向に進んでいるという気すらもないし、でも、進まなくてはいけない、ということに支配されてる。

そんな毎日を、「もがいてる」って思う。

もがいている、という状況の終わりは、「たどり着く」とか、「乗り越える」とかいう言葉が表す結末ではない。「救い出される」とか、「それでももがき続けた」とか、そういうことだ。自分の中に助けは求めていない、もしくは求めることができない、というような状況に対する終わりを求め続けているということだ。

最近、やっぱり、もがいてる。もがいてるな。もがいてるよ。生きるって、そういうことか?天空から救いの神が降臨するのを待ち、自分を助けてくれるまで、もがいてる。それでいいのか?

と思いながら、そのまま生き続け、向かいたいゴールや目的や、理想としていることとか、そういうのからどんどん離れている感覚の中、決断を自分に迫ることなく、どんどん流されて、後悔の中を、このままもがくんだろう。

と、思う今日この頃。

他人に感謝されたい人。心からのありがとうを言える人間が、ここにいますよ。僕の承認欲求を少しでもくすぐれば、心の底からのありがとうをそなたに授けることができますよ。

どうでしょう。チャンス!

今までの人生で築いてきた語彙、表現力、演出、感情、すべてを動員して、あなたに感謝を伝えるよ。

どうだ?

ドッペルゲンガーを探す方がいいな。

という訳でここで一句。

ハイボール
2杯目以降は
一緒だね

ということで。

幸多からんことを。

もしよければ、何卒…